徳積島(トクチョクト)は、仁川の沿岸埠頭から高速船で約1時間のところにある、徳積群島の中心の島です。古い松林の奥に広がる西浦里(ソポリ)海岸、小石の敷かれた海岸、西海岸で指折りのアシ原があり、首都圏から近いのに静かな島旅ができます。島を一周する道路があるので、車を載せて入って巡ることもできます。
徳積島の古い名は「徳物島(トンムルド)」で、「深い海のただなかにある島」という意味です。660年、新羅の要請を受けた唐の将軍蘇定方(ソ・ジョンバン)が、百済を討つため大軍を率いて海を渡ってきたときに留まった徳物島が、この島です。朝鮮の1708年には水軍の陣営である徳積鎮が設置され、地図にも「徳積」という名が使われるようになりました。新石器時代から人が暮らしていたと推定されています。
徳積群島は、有人島と無人島をあわせて40あまりの島からなり、徳積島がそのなかで最も大きい島です。干潟ではアサリとカキを養殖し、島の人々は農業と漁業を営んでいます。大半の住民は、船が着く南東の鎮里(チンリ)一帯に暮らしています。海側の海岸線は、岩が多くて入り組んでいます。
徳積島は、黒ヤギとブドウ、シイタケなどの特産物でも知られています。2010年現在、約1,400人が748世帯で暮らしており、島の大部分が松の木で再び森になりました。徳積群島には、徳積島の東の蘇爺島(ソヤド)や、灯台のある先尾島(ソンミド)などの島が属しています。アシ原のある外側の海岸の道をたどっていくと、龍が住んでいたという話が伝わる龍潭窟(ヨンダムグル)を通って、周辺の島々が見下ろせる峰に登れます。