仁川(インチョン)・甕津(オンジン)郡の島ですが、船に乗る必要はありません。始興(シフン)の烏耳島(オイド)から始華防潮堤を渡り、大阜島(テブド)、仙才島(ソンジェド)を順に過ぎると、最後に霊興大橋が霊興島へつながります。海風にくねくねと曲がったソサ木(クマシデの仲間)の林と海水浴場、干潟と港が島の周りに集まっていて、首都圏から日帰りで海の旅をするのにぴったりの場所です。
霊興島は、面積23.46㎢、海岸線の長さ42.2kmの島で、最も高い峰が127.7mと、地形はなだらかです。新石器時代から人が暮らし、朝鮮時代には南陽都護府に属し、1973年に甕津郡、1995年に仁川広域市に編入されました。
島が陸地とつながったのは2001年末です。島の南西側の干拓地にできた大規模な火力発電所の進入路をつくる際に、仙才島と霊興島のあいだに長さ1.25kmの斜張橋、霊興大橋が架けられ、この橋のおかげで、今のように車で行き来できるようになりました。
島には古い伝説も伝わっています。内里(ネリ)の入口には、村人たちが塔を壊してつくったという「塔谷の井戸」の話や、怪力の持ち主として生まれた子どもが成長して渡し場の船頭になったという「金壮士」の話が残っています。
1950年の仁川上陸作戦の直前、連合軍の情報チームが霊興島を拠点にして、仁川沖の水路と島々を偵察しました。島にはこのことをしのぶ霊興島戦績碑が立っています。夜になると、十里浦ビーチの向こうに仁川国際空港方面の明かりが見えることもあります。