全羅南道の観光スポット89か所(可居島(カゴド)、康津 高麗青磁窯跡(カンジン コリョチョンジ ヨジ)、康津…

海岸・島
신안군
可居島(カゴド)は全羅南道(チョルラナムド)新安(シナン)郡の黒山面(フクサンミョン)に属する島で、韓国の国土のもっとも南西の端にあります。面積約9km²、海岸線約22kmの小さな島ですが、険しい断崖と深い森、海釣りの名所として知られています。木浦(モクポ)から高速船で4時間以上かかる遠い島なので、行き帰りの道のり自体が旅になります。 歴史と名前 可居島は統一新羅の時代から、中国と貿易する船が立ち寄る中継地でした。三国時代には「下巨島」と呼ばれていたといいます。1580年ご…

史跡
강진군
康津(カンジン)の大口面(テグミョン)一帯は、高麗青磁のふるさとです。龍雲里(ヨンウンリ)、桂栗里(ケユルリ)、沙堂里(サダンニ)、水洞里(スドンニ)の谷あいに、高麗時代を通じて青磁や土器を焼いていた窯跡180か所余りが点在していて、高麗の全時期にわたる窯がこれほど一か所に集まった場所は、そう多くありません。沙堂里の高麗青磁博物館で発掘された窯や青磁の破片を見たあとなら、野原にある窯跡も違って見えてきます。 なぜ康津だったのか 大口面は、青磁を焼くのに条件が整っていました。…

史跡
강진군
康津(カンジン)の万徳山(マンドクサン)の麓にある茶山草堂(タサンチョダン)は、朝鮮後期の実学者茶山 丁若鏞(チョン・ヤギョン、1762〜1836)が、流刑の時代に10年以上暮らして、『牧民心書』と『経世遺表』を書き綴った場所です。木の根が露出した森の道を登り、小さな草堂と池、岩の文字に出会い、康津湾が見える楼閣で一休みする、短くても心に残る散策です。 歴史:流刑地に花開いた実学 正祖(チョンジョ)の寵愛を受けていた丁若鏞は、1800年に正祖が亡くなったあと、1801年の辛…

城郭・要塞
강진군
康津(カンジン)の兵営面(ビョンヨンミョン)の野原のまんなかに、長さ1,060mの石の城壁が四角く取り囲む場所が全羅兵営城です。朝鮮の1417年から1895年まで約500年にわたり、済州島を含む全羅道の53州6鎮の陸軍を指揮した総司令部でした。オランダの船員ハメルが7年近く滞在した場所なので、城の隣のハメル記念館とあわせて見ると、話がぐっと豊かになります。 全羅道の陸軍の心臓部 兵営城は、太宗17年(1417年)に初代の兵馬都節制使、馬天牧(マ・チョンモク)将軍が築きました…

海岸・島
완도군
李舜臣将軍が生涯最後の陣営を構えた島が、莞島の高今島(コグムド)です。丁酉再乱(慶長の役)の最後の年、1598年に、朝鮮水軍と明の水軍がこの島の東にある妙堂島に共に陣を敷き、露梁海戦で戦死した将軍の遺体もここに戻って留まりました。2007年に高今大橋が架かってからは、康津から車で数分で渡れるようになりました。 朝鮮と明の連合水軍の本部 1598年2月17日、李舜臣は水軍8,000人あまりを率いて、高下島(コハド、現在の木浦=モクポ)から高今島へ陣営を移しました。海路を守るの…

博物館・美術館
강진군
康津郡大口面沙堂里、高麗時代の青磁の窯跡が集まるまさにその土地に建てられた、青磁専門の博物館です。この一帯だけで窯跡が188か所確認されており、博物館はその発掘成果とともに、青磁の破片3万点あまりを所蔵しています。展示を見たあと、自分で土をこねてみたり、現代に再現された青磁を買ったりできるところが、ほかの博物館とは違います。 青磁が生まれた村 康津の大口面は、南に海が近くて船で陶磁器を運びやすく、北の山からは燃料の薪が、大地からは高嶺土(カオリン)と珪石が手に入りました。そ…

海岸・島
목포시
木浦港のすぐ目の前の海に細長く横たわるこの島は、丁酉再乱(慶長の役)のときに李舜臣将軍が水軍を立て直した場所です。いまは木浦大橋と海上ケーブルカーで陸地とつながり、海の上を1,080m続く海岸デッキ道や、板屋船を積み上げた形の展望台が、木浦旅行の新しい定番コースになりました。海をはさんで儒達山と木浦市街を眺められるのが、この島ならではの魅力です。 李舜臣が106日間過ごした島 高下島は、木浦沖およそ2kmにある島です。1597年の鳴梁海戦で日本水軍に大勝した李舜臣は、艦隊を…

寺院・教会
고흥군
全羅南道(チョルラナムド)高興(コフン)の八影山(パリョンサン)の8つの岩峰が屏風のように並ぶ麓の、広い平地に楞伽寺(ヌンガサ)があります。一見すると静かな田舎のお寺ですが、華やかに飾られた大雄殿(テウンジョン)、17世紀の梵鐘の名匠・金愛立(キム・エリプ)の代表作である銅鐘、彫刻僧の色難(セクナン)がつくった十六羅漢像など、宝物がいくつもあります。八影山の岩稜登山を始める起点でもあります。 普賢寺から楞伽寺へ 寺に残る事績碑によると、楞伽寺は新羅の訥祗王(ヌルジワン)の時…

寺院・教会
곡성군
泰安寺(テアンサ)は、谷城(コクソン)の竹谷面(チュッコンミョン)、桐裡山(トンニサン)の深い谷にあるお寺で、統一新羅の時代に禅宗を教えた九山禅門のひとつ、桐裡山門(トンニサンムン)の中心の寺院でした。寺の入口から境内まで約1.8km、渓谷に沿って歩く森の道が美しく、水の流れの上にまたがる楼閣凌波閣(ヌンパガク)は、この寺の顔のような建物です。宝物に指定された僧塔と塔碑、梵鐘がいくつも残っていて、見どころも充実しています。 九山禅門のひとつ 寺は、統一新羅の景徳王元年(74…

自然
광양시
光陽(クァンヤン)の白鶏山(ペッケサン)の南の麓、いまは礎石だけが残るお寺の跡地を、椿の木7,000本あまりがぐるりと取り囲んでいます。風水で名高い新羅末期の僧侶道詵国師(トソングクサ)が、お寺を建てるときに弱い土地の気運を補おうと植えたと伝えられる森です。早春になると、濃い緑の葉の間に赤い花が咲き、散った花が森の地面を赤く覆います。 道詵国師が35年とどまったお寺 玉龍寺(オンニョンサ)は、白雲山(1,218m)の一筋である白鶏山(505m)の南にあったお寺です。8世紀初…

寺院・教会
구례군
四聖庵(サソンアム)は、求礼(クレ)邑の南、蟾津江(ソムジンガン)の対岸にある鰲山(オサン)の山頂近く、切り立った岩の崖に建てられた庵です。赤い柱に支えられた法堂が岩にぶら下がるように張りついた姿と、その庭から見下ろす蟾津江と求礼の野原、智異山の稜線が一体となった景観が評価され、2014年に「求礼 鰲山 四聖庵一帯」の名で名勝になりました。1800年に編まれた『鳳城誌』には、岩の形が優れていることから、昔から「小金剛」と呼ばれたと記されています。 歴史と名前 伝わる話によれ…

ランドマーク
구례군
智異山(チリサン)のふもと、求礼(クレ)の土旨面(トジミョン)五美村(オミマウル)にある朝鮮後期の両班(ヤンバン)の家屋です。雲鳥楼古宅は、「雲の中に鳥のように隠れ住む家」という意味の大きな舎廊棟の名前から、家全体の名前がつきました。舎廊棟、母屋、行廊棟、祠堂が当初の配置のまま残っていて、朝鮮の上流階級の家の姿を一目で見られます。 歴史:名地に惚れ込んだ柳爾冑の家 雲鳥楼は、1776年(英祖52年)に三水府使を務めた柳爾冑(リュ・イジュ)が建てた家です。大邱の人だった彼は、…

寺院・教会
구례군
華厳寺(ファオムサ)は、智異山(チリサン)の南の麓、全羅南道 求礼(クレ)にある大きなお寺です。544年に最初に建てられたと伝わり、大韓仏教曹渓宗第19教区の本寺です。境内の真ん中に立つ覚皇殿(カッファンジョン)は、朝鮮時代の仏教建築の中でも指折りの壮大な2階建ての仏堂で、その前の大きな石灯や、4頭の獅子が支える石塔まで、国宝が一か所に集まっています。 歴史:焼けても立ち上がった華厳の寺 寺の名前は『華厳経』の「華厳」にちなんでいます。縁起(ヨンギ)和尚が創建したと伝わり、…

博物館・美術館
나주시
羅州の潘南面(パンナムミョン)の野原には、三国時代にこの地を治めた人々が葬られた大きな古墳が点在しています。国立羅州博物館は、まさにその潘南古墳群のすぐそばに建てられた博物館で、栄山江(ヨンサンガン)流域だけで発達した巨大な甕棺(オンガン)墓と、新村里(シンチョンニ)9号墳から出土した国宝の金銅冠を実物で見ることができます。常設展は無料です。 栄山江流域の古代文化のための博物館 国立中央博物館の所属機関として、2013年11月22日にオープンしました。敷地面積は約7万4千㎡…

海岸・島
금당면
海の上に切り立つ断崖が、城壁のように島を取り巻いています。莞島(ワンド)郡金堂面(クムダンミョン)の金堂島(約12.49㎢)は、柱状節理と垂直節理が発達した海岸の断崖で知られ、波と風が作り出した金堂八景を見に、遊覧船やトレッキングの旅行者が訪れます。行政区域は莞島ですが、船は高興(コフン)と長興(チャンフン)から出ています。 海から見る金堂八景 金堂島は、高興の居金島(コグムド)、莞島の薬山島(ヤクサンド)、長興の努力島(ノリョクト)の間の海に浮かんでいます。島を囲む断崖は…

寺院・教会
고흥군
高興(コフン)の天燈山(チョンドゥンサン)の東の斜面、3,300本あまりのカヤ(榧)の木が密に取り囲む森の中のお寺です。比丘尼(尼僧)の方々が修行する静かな道場で、天然記念物のカヤの森と、朝鮮後期の極楽殿、1778年に描かれた宝物の掛仏を併せ持っています。高興邑からそう遠くありませんが、森の道に足を踏み入れた瞬間、世間から一歩離れた気持ちになります。 金の塔があった場所 お寺に伝わる話では、新羅の文武王の時代(661〜681)に元暁(ウォニョ)が建て、最初にお寺を建てるとき…

博物館・美術館
고흥군
全羅南道(チョルラナムド)高興(コフン)・外羅老島(ウェナロド)の先端にある羅老宇宙センター宇宙科学館は、韓国初の宇宙発射場のすぐそばに建つ宇宙科学の展示館です。羅老号とヌリ号が空へ飛び立ったまさにその島で、ロケットの仕組みや実際の開発試験品を見学でき、屋外のロケット広場では実物大のロケット模型を見上げることができます。 羅老宇宙センターのあゆみ 羅老宇宙センターは、2000年12月に開発事業を始め、2009年6月11日に竣工した韓国初の宇宙センターです。最初の宇宙発射体羅…

史跡
나주시
羅州 錦城館は、朝鮮時代の羅州牧の客舎(官営の迎賓施設)だった建物です。客舎は王を象徴する位牌を祀り、地方を訪れた官吏や使節を泊める場所で、錦城館の中心建物は朝鮮の客舎の中で最大の規模とされています。羅州旧市街の真ん中にあり、羅州コムタン(牛骨スープ)の路地とあわせて巡るのにぴったりです。 全羅道の「羅」になった町 「全羅道」という名前は、この地域の2つの大きな町である全州と羅州の頭文字を合わせてつけられました。それほど羅州は、高麗と朝鮮の時代を通じて湖南(ホナム)の中心都…

山
구례군
智異山(チリサン)の西の端、標高1,507mの老姑壇(ノゴダン)は、智異山でいちばん手軽に登れる高い峰です。標高約1,100mの城三峠(ソンサムジェ)まで車で上がれば、あとは山道を1〜2時間歩くだけで、広い高原に着きます。天王峰(チョナンボン)、般若峰(パンヤボン)とともに智異山の三大峰に数えられ、足元には蛇行する蟾津江(ソムジンガン)と雲海が広がります。 ばあさんを祀った祭壇 「老姑」は年老いたばあさんという意味で、智異山の山の神である麻姑ばあさん(マゴハルミ)を指します…

国立公園
완도군
全羅南道(チョルラナムド)の南西の海に散らばる島と海をまとめた、韓国でいちばん広い国立公園です。新安(シナン)の紅島(ホンド)から麗水(ヨス)の金鰲島(クモド)、巨文島(コムンド)まで、数百の島が8つの地区に分かれており、公園面積の大部分が海です。1か所を見る旅行ではなく、船に乗って島を選ぶ旅行なので、どの地区へ行くかを先に決めることが、計画の始まりです。 海が大部分を占める国立公園 多島海海上国立公園は、1981年12月23日に国立公園に指定されました。全体の面積は、資料…

庭園・公園
담양군
潭陽(タミャン)の古西面(コソミョン)、後山(フサン)村の奥、小さな谷間に隠れるように佇む朝鮮時代の庭園です。四角い池を古いサルスベリがぐるりと囲んでいて、花が咲く真夏には池の上に薄紅色の花びらが散り、東屋の板の間からその景色を見下ろせます。2009年に国の名勝に指定されており、入場料はかかりません。 父を偲んで建てた東屋 ここは朝鮮中期の学者鳴谷 呉熙道(オ・ヒド、1583~1623)が、自然を友として過ごした場所です。呉熙道は学問で名を知られた人物で、仁祖(インジョ)が…

庭園・公園
담양군
竹林のあいだの道を抜けると、低い土石の塀の下へ渓流の水が流れ込み、その水音をはさんで、小さな東屋と家が一軒、向かい合って立っています。潭陽 瀟灑園(タミャン・ソスェウォン)は、朝鮮中期の儒者が官職の代わりに自然を選び、自ら造り上げた庭園で、韓国の伝統庭園を語るときに真っ先に挙がる場所のひとつです。規模は小さいものの、渓谷や岩、木にほとんど手を加えず庭の中へ取り込んだ手法が、ここを特別な場所にしています。 歴史:師を失った儒者の隠棲地 庭を造ったのは梁山甫(ヤン・サンボ、15…

展望スポット
여수시
麗水(ヨス)の中心街と突山島(トルサンド)をつなぐ突山大橋を、正面から見下ろす丘の上の公園です。日暮れ時には橋の向こうに夕日が沈み、夜になるとライトアップされた橋と将軍島(チャングンド)、麗水港一帯の灯りが一望のもとに広がります。麗水海上ケーブルカーの突山乗り場が公園のすぐ隣にあり、ケーブルカーとあわせて巡るのにぴったりです。 橋を望む公園 突山公園は、突山島の北端の丘に1987年に整備されました。面積は約28万7,600㎡で、丘に沿って散策路や休憩所、展望広場が続きます。…

海岸・島
여수시
麗水(ヨス)市内から橋を一本渡れば着く突山島(トルサンド)は、韓国で10番目に大きな島です。島をぐるりと回る海岸道路に沿って、丸石の浜、小さな港、カラシナを漬けるための畑、海辺の断崖の上の庵が次々と現れます。麗水旅行のなかで、一日まるごと充ててもいい島です。 どんな島? 突山島は麗水市突山邑(トルサンウプ)に属する島で、面積は70.31㎢です。大美山(テミサン)、鳳凰山(ポンファンサン)、金鰲山(クモサン)、天馬山(チョンマサン)など、岩の多い山が8つあり、島名の「突(トル…