京畿道の観光スポット110か所(紺岳山(坡州)(カマクサン)、黔丹山(コムダンサン)、京畿道博物館(キョンギドパンムルグァン)など)。地図やスポット情報、出発前に知って…

山
파주시
坡州(パジュ)、楊州(ヤンジュ)、漣川(ヨンチョン)の境にそびえる紺岳山(カマクサン、675m)は、古くから京畿五岳のひとつに数えられてきた岩山です。岩のあいだから黒みと青みが一緒に透けて見えることから、「紺色の岩山」という名前がつきました。登山道入口の吊り橋、垂直に落ちる雲渓滝(ウンゲポ)、晴れた日の頂上から見える開城の松岳山(ソガクサン)まで、休戦ラインに近い山ならではの風景があります。 歴史:神の山であり、戦争の山 紺岳山は、新羅のころから巫俗で神聖視されてきた山で、…

山
하남시
河南(ハナム)市街の東にそびえる標高657mの山で、頂上に立つと、南漢江と北漢江が合流する両水里(ヤンスリ)のトゥムルモリと八堂湖(パルダンホ)が眼下に広がります。地下鉄5号線の河南黔丹山駅からそのまま歩いて登れるため、ソウルから公共交通機関で行ける眺めのよい山として人気です。山名には、漢城百済の時代に祭祀を行った聖なる山という意味が込められています。 百済の都を守った祭壇の山 河南市は、「黔丹」の「黔(コム)」を神聖なものを意味する言葉と解釈し、黔丹山を「神聖な祭壇」があ…

博物館・美術館
용인시
龍仁(ヨンイン)市器興区(キフング)の上葛洞(サンガルドン)にあり、京畿道の先史時代から近現代までをひとつの建物に収めた道立博物館です。朝鮮の士大夫の肖像画や墓から出土した衣服、誌石(墓誌)など、京畿道の門中(一族)から寄贈された遺物がとりわけ充実していて、観覧料は無料です。白南準(ペク・ナムジュン)アートセンター、京畿道子ども博物館と同じ敷地にあり、韓国民俗村(ハングンミンソクチョン)にも近いので、1日コースにまとめるのにおすすめです。 歴史:郷土史料室から道立博物館へ…

史跡
고양시
高陽(コヤン)の元堂(ウォンダン)にある広い牧場と森のあいだに位置する西三陵(ソサムヌン)は、「漢陽(ハニャン)の西にある三つの陵」という意味で、朝鮮の王と王妃が眠る禧陵(ヒルン)・孝陵(ヒョルン)・睿陵(イェルン)をまとめて呼ぶ名前です。ユネスコ世界遺産「朝鮮王陵」のひとつで、西五陵(ソオルン)に次ぐ大きさの王陵群です。三つの王陵のほか、世子の園や王子・公主・後宮の墓、王室の胎を埋めた胎室までが一か所に集まっていて、朝鮮王室の最後の物語が一緒に詰まっています。 歴史:禧陵…

城郭・要塞
고양시
ソウルの西端、漢江(ハンガン)が大きく曲がる場所にそびえる徳陽山(トギャンサン)に、幸州山城があります。壬辰倭乱(文禄・慶長の役)さなかの1593年、権慄(クォン・ユル)将軍率いる朝鮮軍が、この小さな山の上で日本軍の大軍を退けた幸州大捷の舞台です。現在は、整備された散策路に沿って祠や記念碑を巡り、頂上から漢江と金浦(キンポ)の野原を見渡せる歴史公園になっています。 歴史:漢江沿いの丘の大勝利 山城は三国時代に初めて築かれたとされます。川辺に突き出た山頂部を囲む小さな内城と、…

寺院・教会
고양시
北漢山(プッカンサン)の西のふもと、高陽(コヤン)・チチュク洞のハンミ山の麓にある寺です。元暁が建てたという伝説に始まり、朝鮮の英祖が雪道で一晩泊まった縁で王室の願刹となり、名前まで変わった寺です。ソウル恩平区(ウンピョング)と接していますが、周りの山が軍事保護区域のため、人の手があまり入っていない森に囲まれていて、静かです。 元暁の薬師如来、英祖の一夜 寺の始まりは、661年(新羅・文武王元年)と伝わります。北漢山で修行していた元暁(ウォニョ)が、めでたい光に導かれて山を…

山
수원시
光教山は、水原(スウォン)と龍仁(ヨンイン)の境にそびえる山で、最高峰シルボン(甑峰)の高さは、資料によって582mまたは585mと記されています。周りに大きな山のない平野の真ん中にあり、水原の「鎮山(チンサン、町の守り山)」と見なされてきました。岩が少なく土の厚い山で、稜線に沿って松の森の道が長く続きます。水原川(スウォンチョン)の源流でもあり、山の下の光教貯水池や光教湖公園まで水の流れがつながっています。 名前にまつわる話 もとの名前は、光岳山または光玉山だったといいま…

庭園・公園
수원시
光教湖公園は、水原(スウォン)の霊通区(ヨントング)、光教新都市のど真ん中で、元泉湖(ウォンチョンホ)と新垈湖(シンデホ)の二つの貯水池をひとつにつないだ都市型の湖畔公園です。二つの湖をつなぐ周回遊歩道だけで6.5kmあり、水上のデッキや森、花の島、展望台が続いています。24時間開いていて入場料もかからないので、水原に滞在するなら、朝の散歩や夜景の散策に立ち寄るのにぴったりです。 農業用貯水池から湖畔公園へ 二つの湖は、光教山(クァンギョサン)から流れ落ちる水を集めて、田ん…

洞窟
광명시
ソウルの境のすぐ外側、光明(クァンミョン)市の嘉鶴山(カハクサン)の麓にある光明洞窟は、自然の洞窟ではなく、人が掘った金鉱です。日本統治時代には資源収奪の現場で、閉山したあとは何十年ものあいだ、アミの塩辛の貯蔵庫として使われていました。光明市が買い取り、光と水、ワインと展示で満たした今は、毎年100万人以上が訪れる洞窟テーマパークになっています。真夏でも中がひんやりしているので、暑さをしのぐのにもぴったりです。 歴史:金鉱からアミの塩辛の貯蔵庫、そしてテーマパークへ この一…

史跡
구리시
九里 東九陵(クリ・トングルン)は、京畿道九里市にある朝鮮最大の王陵群です。名前のとおり「都城の東にある9つの陵」で、朝鮮を建国した太祖の健元陵をはじめ、9基の陵に、王と王妃17人が眠っています。1970年に史跡に指定され、2009年には朝鮮王陵のひとつとしてユネスコ世界遺産に登録されました。陵と陵の間を森の道がつないでいるので、朝鮮王陵が400年あまりのあいだにどう変わってきたかを、歩きながら見比べられます。 歴史:太祖の陵から始まった王陵群 1408年に太祖が亡くなると…

博物館・美術館
과천시
ソウル大公園の隣の広い敷地に建つ、大型の国立科学館です。2008年の開館時、展示面積は19,127㎡で、大田(テジョン)の国立中央科学館の3倍の規模と言われました。恐竜の化石がある自然史館から、プラネタリウム、天文台、屋外の昆虫生態館まで、1日をまるごと使っても見きれないほど見どころがたくさんあります。地下鉄4号線の大公園駅6番出口の目の前で、アクセスも簡単です。 どんな施設なのか 2001年の科学の日に新しい国立科学館の建設計画が発表され、果川のソウル大公園の近くに敷地が…

庭園・公園
포천시
ソウルから遠くない抱川(ポチョン)と南楊州(ナミャンジュ)の境に、500年以上、斧を逃れてきた森があります。国立樹木園がある光陵の森(クァンヌンスプ)は、朝鮮の世祖の陵・光陵の周辺を王室が厳しく保護してきたことで守られた森で、2010年にユネスコ生物圏保存地域に指定されました。1日の入場人数を制限している場所なので、混み合わない森の道を歩けます。 歴史:王陵を守った森 世祖は、自分と王妃の貞熹王后(チョンヒワンフ)の陵の場所を現在の光陵に定めるにあたり、周辺の森にも手をつけ…

海岸・島
화성시
華城市西新面の海辺の端、漁船がぎっしり並ぶ宮坪港は、首都圏で屈指の夕焼けの名所です。落日は華城を代表する八つの景色「華城八景」に数えられ、港の隣には水産物の直売場、海の上の釣り橋、海岸の松林の散策路が続いています。日没の時間にあわせて訪れれば、海の幸の食事と海辺の散歩を一度に楽しめる場所です。 歴史:干拓が生んだ国家漁港 宮坪港は、比較的新しい港です。1991年から南陽湾(ナミャンマン)一帯で花翁(ファオン)地区の干拓事業が進められ、主谷港、長徳港、龍頭港といった既存の港が…

史跡
양주시
壬辰倭乱(文禄・慶長の役)のとき、幸州山城で日本軍を破った都元帥権慄(クォン・ユル、1537〜1599)が眠る墓所です。楊州(ヤンジュ)長興(チャンフン)の静かな丘に、将軍の墳丘と2人の夫人の墓、朝鮮時代の石物が順に並んでいます。華やかな見どころはありませんが、幸州山城を訪れた方なら、物語の最終章を見に来るのにぴったりの場所です。 遅く始まった武将 権慄は、領議政を務めた権轍(クォン・チョル)の息子として生まれましたが、45歳ごろの1582年にようやく科挙に合格して官職に就…

湖
용인시
龍仁(ヨンイン)市器興(キフン)区、京釜高速道路のすぐ横に、広さ258万㎡の大きな貯水池が広がっています。1960年代に農業用水を供給するために造られた器興貯水池は、今では周囲10kmの周回遊歩道を備えた器興湖水公園に姿を変え、歩く人、自転車に乗る人、バードウォッチングに訪れる人でにぎわっています。日が暮れるころに水の色が変わる時間帯や、夜の水辺のライトアップも見ごたえがあります。 歴史:農業用の貯水池から湖水公園へ 器興貯水池は、韓国農漁村公社が農業用水を供給するために1…

史跡
이천시
京畿・利川(イチョン)、白沙面(ペクサミョン)内村里(ネチョンニ)の野原の端にある金左根(キム・ジャグン)の古宅は、朝鮮後期の安東金氏の勢道政治の中心人物金左根の一族が建てた家です。かつては99間に及んだと伝わりますが、今は母屋と別堂の2棟だけが残り、失われた建物の礎石が庭に並んで置かれています。華やかだった勢道家の家がどのように散り散りになり、何が残ったのかを、庭に立ったまま読み取れる場所です。 勢道家の墓守の家であり別荘 金左根(1797〜1869)は、純祖の王妃・純元…

史跡
김포시
金浦(キンポ)の章陵は、仁祖(インジョ)の父である元宗(ウォンジョン)と、母の仁献王后(インホンワンフ)が並んで眠る朝鮮王陵です。生前には一度も王位に就けなかった人物が、息子のおかげで王に追尊され、墓も「園」から「陵」に格上げされた、めずらしい場所です。2009年にユネスコ世界遺産に登録された朝鮮王陵40基のひとつで、金浦の中心部のすぐ隣で、池と松林に沿ってゆっくり一周するのに向いています。 王になれなかった王、元宗 元宗(1580〜1619)は、宣祖の五男の定遠君(チョン…

史跡
남양주시
甥の端宗(タンジョン)から王位を奪った王として記憶される世祖(セジョ)は、亡くなる前に「私が死んだら早く朽ちなければならないので、石室を使わず、屏風石も立てるな」という遺言を残しました。南楊州(ナミャンジュ)の鎮接邑(チンジョプウプ)の森の中にある光陵は、その遺言どおりにつくられた、世祖と貞熹王后(チョンヒワンフ)の陵で、以降の朝鮮王陵の姿を変えた出発点です。陵を守るために500年以上守られてきた森が、今日の国立樹木園になったという点も、この場所を特別なものにしています。…

寺院・教会
남양주시
南楊州(ナミャンジュ)の雲岳山(ウナクサン)の麓にある奉先寺は、「先王を奉る」という名前のとおり、すぐ隣の光陵(クァンヌン)に眠る朝鮮の世祖(セジョ)の冥福を祈るために、名前を受けた寺です。韓国の寺としてはめずらしく、大きなお堂の扁額と柱の聯(れん)の言葉が、すべてハングルで書かれており、夏になると寺の前に広い蓮畑が広がります。大韓仏教曹渓宗第25教区の本山で、光陵の森とあわせて日帰りのお出かけに組み合わせやすい寺です。 歴史:雲岳寺から奉先寺へ 高麗の光宗20年の969年…

史跡
남양주시
南楊州(ナミャンジュ)の思陵は、朝鮮第6代王・端宗(タンジョン)の王妃、定順王后(チョンスンワンフ)宋氏(1440〜1521)の陵です。15歳で王妃となり、夫を失ってから60年以上ひとりで生きた王妃の墓なので、朝鮮王陵の中でもとりわけ物語が切ない場所です。規模は小さいものの、松林に囲まれて静かで、2009年にユネスコ世界遺産「朝鮮王陵」のひとつとして登録されました。 夫を想い続けた王妃 定順王后は1454年に端宗の王妃となりましたが、叔父の首陽大君(世祖)が王位を奪ったこと…

寺院・教会
남양주시
雲吉山(ウンギルサン)の中腹、標高数百メートルの高さにある水鍾寺(スジョンサ)に上ると、足元に北漢江(プカンガン)と南漢江(ナマンガン)が出会う斗物頭(トゥムルモリ、両水里〈ヤンスリ〉)が広がります。朝鮮前期の文人・徐居正(ソ・ゴジョン)が「東方で一番の眺めを持つ寺」と評したといわれる場所で、今では、お茶を飲みながら川を見下ろせる茶室としても名高い寺です。寺の一帯は名勝に指定されています。 歴史:鐘の音の伝説と丁若鏞 お寺は新羅の時代に最初に建てられたと伝わりますが、詳しい…

史跡
남양주시
南楊州(ナミャンジュ)市 金谷洞(クムゴクトン)の洪陵と裕陵(ホンヌン・ユヌン)は、朝鮮王陵の中で最も遅く造られた二つの陵です。大韓帝国の皇帝・高宗(コジョン)と純宗(スンジョン)が眠る場所のため、ほかの王陵とは異なり明の皇帝陵の制度を取り入れており、参道の両脇に麒麟、象、獅子、ラクダなどの石獣が並ぶ姿は、ほかの朝鮮王陵では見られません。ユネスコ世界遺産「朝鮮王陵」に含まれています。 皇帝の陵 - 洪陵:大韓帝国の初代皇帝高宗と明成皇后(ミョンソンファンフ)の陵です。明成皇…

城郭・要塞
광주시
南漢山城(ナマンサンソン)は、ソウルの南東、京畿道広州市の南漢山に築かれた山城で、戦争が起きたときに王が滞在する臨時の都となるようにつくられた城郭都市です。城郭の長さは12.4kmに及び、城内には行宮(ヘングン、王の仮の宮殿)や村、寺院が一緒にあります。2014年にユネスコ世界遺産に登録され、道立公園でもあるため、城壁に沿って歩く探訪路がよく整備されています。 歴史:新羅の晝長城から朝鮮の保障処へ 記録上のルーツは、統一新羅の文武王の時代の672年に築かれた晝長城(チュジャ…

海岸・島
안산시
大阜島(テブド)は京畿道で最大の島です。始華防潮堤(シファバンジョジェ)を渡って車で入れるので、ソウルや首都圏から日帰りで、干潟や海岸の散策路、干潮のときに海の道が開く蚕島(ヌエソム)、恐竜の足跡が見つかった昔の採石場まで巡ることができます。華城(ファソン)の南陽半島から眺めると大きな丘のように見えることから、「大阜(大きな丘)」という名がついたといいます。 島の歩み 大阜島は京畿道安山(アンサン)市檀園(タヌォン)区に属しています。面積は資料によって約42km²とも46k…