忠清南道の観光スポット64か所(鶏龍山陶磁芸術村(ケリョンサン・トジャイェスルチョン)、鶏龍山国立公園(ケリョンサン・クンニプコンウォン)、公州…

古い街並み・広場
공주시
公州(コンジュ)市班浦面(パンポミョン)の上新里(サンシンニ)、鶏龍山(ケリョンサン)の北の麓にある鶏龍山陶磁芸術村は、陶芸家たちが集まって暮らす小さな工房の村です。1993年、若い陶芸家18人がともに入居して村をつくり、15世紀に鶏龍山の麓の窯で焼かれた鉄絵粉青沙器(てつえふんせいさき)をよみがえらせる活動を続けています。工房ごとに作品も作業空間も違うので、村の道に沿ってのんびり巡る楽しみがあります。 鶏龍山粉青沙器という名前 鶏龍山の西、鶴峰里(ハクポンニ)一帯には、朝…

国立公園
공주시
鶏龍山(ケリョンサン)は、尾根がニワトリのとさかをかぶった竜に似ていることから名づけられた山です。公州(コンジュ)、鶏龍(ケリョン)、大田(テジョン)にまたがり、1968年12月31日に智異山(チリサン)に次いで2番目の国立公園に指定されました。奇岩の尾根と深い谷、東鶴寺(トンハクサ)・甲寺(カプサ)・新元寺(シヌォンサ)といった古いお寺、そして「新しい都が入る土地」という風水の話がからみ合う山です。 山の物語 百済のころは鶏山、あるいは鶏藍山(ケラムサン)と呼ばれ、統一新…

寺院・教会
공주시
昔から「春麻谷 秋甲寺」(チュンマゴク・チュガプサ)という言葉が伝わっています。春の風景は麻谷寺(マゴクサ)が、秋の風景は甲寺が一番だという意味です。鶏龍山(ケリョンサン)の北西のふもとにある甲寺(カプサ)は、老松とケヤキの森の間を入っていく道から雰囲気が格別で、渓谷に沿って滝や岩が続きます。古い歴史のとおり、宝物に指定された文化遺産も多い寺です。 歴史:第一という名前の寺 寺の記録によれば、甲寺は百済の久爾辛王(クイシンワン)元年である420年に、高句麗から来た阿道和尚(…

城郭・要塞
공주시
公山城(コンサンソン)は、百済が熊津(いまの公州)に都を置いていた475年から538年まで、王城を守っていた山城です。錦江の南、高さ約110mの稜線に沿って全周約2.66kmの城壁が続き、城壁の上を歩くと錦江と公州市街が一望できます。2015年、公州の宋山里古墳群などとともに、ユネスコ世界遺産「百済歴史遺跡地区」に登録されました。 歴史:百済の二番目の都 高句麗に漢城を奪われた百済は、475年、文周王のときに熊津へ都を移し、聖王が538年に泗沘(サビ、扶余=プヨ)へ移すまで…

寺院・教会
공주시
東鶴寺(トンハクサ)は鶏龍山(ケリョンサン)の東の谷にあるお寺で、韓国でもっとも古い尼僧のための僧伽大学がある場所です。西の甲寺(カプサ)とともに鶏龍山を代表するお寺で、春には入口まで続く桜並木に多くの人が訪れます。境内に高麗と朝鮮の忠臣を祀る祠堂があるのも、ほかのお寺とは違うところです。 歴史:お寺と祠堂が一緒にある場所 伝えられるところでは、新羅の時代に上願祖師(サンウォンジョサ)が鶏龍山に庵を結んで修行し、弟子の懐義和尚(フェウィファサン)が724年に塔とともにお寺を…

寺院・教会
공주시
渓流が寺の前で大きくS字を描いて流れていきます。風水ではこの水の流れを太極(テグク)になぞらえ、朝鮮の人々は麻谷寺一帯を戦乱を避けられる十勝地(シプスンジ)のひとつに数えました。公州(コンジュ)麻谷寺は、大韓仏教曹渓宗第6教区の本寺で、忠清南道の寺院を取りまとめる大きな寺です。2018年に「山寺、韓国の山地僧院」7か所のひとつとして、ユネスコ世界遺産に登録されました。 歴史:麻の茎のように集まった人々 創建については、640年に慈蔵(チャジャン)律師が建てたという話と、普照…

史跡
공주시
公州 武寧王陵と王陵園は、忠清南道公州市熊津洞(ウンジンドン)の松山(ソンサン)の南斜面に集まっている、百済の王陵群です。百済が現在の公州である熊津に都を置いていた時期の王や王族の墓で、これまでに7基が確認され、整備されています。その中でも武寧王陵は、墓の主がはっきりと判明している唯一の三国時代の王陵であり、韓国の考古学で特別な位置を占めています。 歴史:1,400年あまりを経て開いた扉 百済は、高句麗の攻撃で蓋鹵王(ケロワン)が亡くなり、漢城を失った後、熊津へ都を移し、こ…

寺院・教会
공주시
鶏龍山(ケリョンサン)の南西の麓にある新元寺(シンウォンサ)は、東鶴寺(トンハクサ)、甲寺(カプサ)とともに鶏龍山の三大寺院に数えられるお寺です。百済の時代に初めて建てられた古いお寺ですが、ここを特別な場所にしているのは、境内の一角にある中岳壇(チュンアクタン)です。朝鮮王室が鶏龍山の山神に祭祀を捧げた祭壇の建物で、同じ性格の祭壇の中で現存するのはここだけです。ほかの2つのお寺よりずっと静かで、ゆっくり見て回るのに向いています。 歴史 新元寺は、百済の義慈王11年にあたる6…

その他
공주시
百済の王城だった公山城(コンサンソン)から歩いて10分ほど、公州旧市街のまんなかに公州山城市場があります。1937年に開かれた公州を代表する伝統市場で、アーケードの屋根の下の5つのエリアに、農産物や食べ物が集まっています。公山城や武寧王陵を見たあと、公州の栗の味を楽しみに立ち寄るのにぴったりの場所です。 百済の古都の市場 市場名の「山城」は、すぐ隣の公山城にちなんだものです。市場は5つのエリアに分かれていて、店の数は資料によって550軒あまりから700軒あまりまでと紹介され…

寺院・教会
논산시
論山(ノンサン)の般若山(パニャサン)の東麓にある灌燭寺には、韓国で最大の石仏とされる石造弥勒菩薩立像が立っています。高さ約18m、この地域の昔の名前にちなんで恩津弥勒(ウンジンミルク)と呼ばれるこの仏像は、大きな頭と手、円筒のように積み上げた体で、一度見たら忘れられない姿をしています。2018年に国宝に指定されました。 ろうそくのように輝いた弥勒 灌燭寺は、高麗の光宗の時代に僧の慧明(ヘミョン)が建てたお寺です。お寺に伝わる18世紀の記録によると、慧明は100人あまりの職…

寺院・教会
천안시
天安(チョナン)の南、広徳山(クァンドクサン、699m)の麓にあるお寺で、韓国のクルミの始まりと伝えられる場所です。大雄殿へ上がる階段の前には、樹齢400年近い天然記念物のクルミの木が立っており、高麗末の写経や朝鮮の王の教旨といった宝物も、このお寺に伝わっています。天安市街から1時間ほどで着くので、お寺の見学と広徳山の登山をあわせて楽しめます。 クルミが初めて植えられたお寺 お寺に伝わる記録によると、832年(新羅の興徳王7年)に真山和尚(チンサンファサン)が建てたとされ、…

博物館・美術館
공주시
1971年、排水路工事の最中に偶然開かれた武寧王陵(ムリョンワンヌン)から出土した宝物を見に行く場所です。三国時代の王陵のなかで、被葬者がはっきり分かっている唯一の墓なので、王と王妃の金冠飾りや耳飾り、墓を守っていた石の獣・鎮墓獣(チンミョス)まで、ひとつの展示室で出会えます。武寧王陵と王陵園から歩いて10分ほどで、観覧料は無料です。 熊津百済の博物館 博物館のルーツは、日本の植民地時代の公州の古跡保存会です。旧忠清監営の建物である宣化堂(ソンファダン)に設けられた展示館を…

博物館・美術館
부여군
百済最後の都・泗沘、現在の扶余(プヨ)にある国立博物館です。国立扶余博物館は、泗沘百済の文化遺産と忠清南道西部地域の先史文化を集めて紹介しており、百済の金属工芸の精華とされる百済金銅大香炉を所蔵しています。すべての来館者が無料で見学できます。 歴史:古跡保存会から国立博物館へ 博物館のルーツは、1929年につくられた扶余古跡保存会です。1939年に朝鮮総督府博物館扶余分館となり、光復後の1945年10月13日に国立博物館扶余分館として開館しました。1975年に国立扶余博物館…

庭園・公園
서천군
錦江(クムガン)の河口に近い舒川(ソチョン)にある国立生態院は、生態の研究機関であり、同時に国内最大の生態展示スペースでもあります。核となるのは、世界の5つの気候帯をひとつの屋根の下に再現した温室展示館エコリウムです。熱帯雨林から砂漠、極地まで動植物約1,600種に会うことができ、屋外には、湿地や森、シカやゴーラルが暮らす野外展示エリアが広く広がっています。 どんな場所? 国立生態院は、気候変動と生態系を調査・研究し、その結果を展示や教育で伝えるために設立された環境部の傘下…

寺院・教会
금산군
錦山(クムサン)の進岳山(チナクサン)の南東の麓にある宝石寺は、寺よりも前庭の木のほうが有名な場所です。樹齢1,000年を超えるとみられる天然記念物のイチョウが立っていて、寺へ続く道にはモミの森の道が300mほど続いています。壬辰倭乱のとき、僧兵を率いた霊圭(ヨンギュ)大師の足跡も残っています。 金で仏像をつくった寺 宝石寺は、新羅末に祖丘(チョグ)大師が建てたと伝えられています。創建の年は、資料によって866年、885年、886年と異なって記されています。寺の前の山の中腹…

史跡
금산군
錦山(クムサン)邑上里(サンニ)の丘の上、石段を上った先にある錦山郷校は、壬辰倭乱の傷から立ち直った学校です。もとは別の村にあった郷校が戦争で焼け、1684年に今の場所へ移して再建されました。大成殿と明倫堂(ミョンニュンダン)がよく残っており、地域の儒生の名簿や規約を記した古文書も伝わっていて、錦山の郷土史研究の重要な資料となっています。 歴史 錦山郷校は、朝鮮初期に今の錦山邑下玉里(ハオンニ)白鶴洞(ペッカクトン)に建てられたとみられます。最初に建てられた正確な年は分かっ…

史跡
예산군
興宣大院君(フンソンデウォングン)は、父の墓所ひとつに一族の運命を賭けました。「二代にわたって天子が出る場所」という話を聞き、京畿道の連川(ヨンチョン)にあった父・南延君の墓を、礼山(イェサン)の伽倻山(カヤサン)のふもとに移し、その場所にあった寺は焼き払ったのです。数年後に生まれた次男が、のちの高宗です。そして1868年、ドイツ商人オッペルトがまさにこの墓を暴こうとして失敗したことで、朝鮮の鎖国政策はいっそう強固になりました。 南延君とは 南延君・李球(イ・ク、?〜182…

史跡
논산시
遯巌書院(トナムソウォン)は、朝鮮の礼学の大家・沙溪金長生(キム・ジャンセン、1548〜1631年)を祀るために建てられた書院です。1871年の興宣大院君(フンソンデウォングン)の書院撤廃令でも生き残った数少ない書院のひとつで、2019年に「韓国の書院」9か所のひとつとしてユネスコ世界遺産に登録されました。古代の建築制度に倣ったという講堂応道堂(ウンドダン)が、この書院の顔です。 師を慕う弟子たちの書院 金長生の父・黄岡(ファンガン)金繼輝(キム・ゲフィ)が建てた正会堂(チ…

テーマパーク
논산시
論山(ノンサン)市連武邑(ヨンムウプ)にあるサンシャインスタジオは、2018年のtvNドラマ『ミスター・サンシャイン』を撮影するために建てられたセットです。1900年代初め、大韓帝国時代の漢城(ソウル)の通りを約6千坪の敷地に建て直したもので、今では誰でも入って歩ける、ドラマのテーマパークになっています。その後、『パチンコ』と『九尾狐伝1938(クミホジョン1938)』もここで撮影されました。 開化期の漢城を移した通り 論山市が土地とインフラを提供し、ドラマの制作会社である…

城郭・要塞
당진시
唐津(タンジン)市沔川面(ミョンチョンミョン)の中心地をほぼ丸ごと囲む、朝鮮初期の平地の邑城(ウプソン、城郭都市)です。1439年(世宗21年)、西海岸から入ってくる倭寇に備えて築かれた城で、復元された南門と半月形の甕城(オンソン)、千年以上たつと伝わるイチョウの木2本、燕巖・朴趾源(パク・チウォン)が郡守時代につくった池まで、一度に歩いて見て回れます。城内にはいまも住民が暮らしているので、遺跡というより、城壁に囲まれた小さな村を散歩する感覚です。 倭寇を防いだ沔川の城 沔…

寺院・教会
당진시
「松がうっそうと茂る小さな丘」を意味するソルメは、韓国人初のカトリック司祭、聖アンドレア・キム・デゴン神父(金大建)が生まれた場所です。曾祖父からキム・デゴン神父まで、4代にわたる殉教者が暮らした村の跡で、現在は復元された生家と松林、記念聖堂と記念館が調和する聖地となっています。2014年にフランシスコ教皇が訪れたことで、国内外の巡礼者がいっそう多く訪れるようになりました。 歴史:4代殉教者の村 キム・デゴン神父は1821年8月21日にここで生まれました。迫害を避けて祖父に…

博物館・美術館
천안시
天安(チョナン)の独立記念館は、日本統治期の独立運動を中心に韓国の近現代史を伝える、国内最大規模の歴史博物館です。1982年の日本の歴史教科書の歪曲をきっかけに国民募金運動が始まり、その寄付金で1987年8月15日の光復節に開館しました。広い屋外スペースもあり、一日かけて見て回る価値のある場所です。 歴史:国民の寄付で建てた記念館 1982年8月に募金運動が始まり、同じ年に建立推進委員会が発足しました。工事は1983年8月15日に始まりましたが、開館を前にした1986年8月…

海岸・島
태안군
泰安(テアン)半島の西の端、きめ細かな砂が弓のように弧を描くビーチです。大川(テチョン)、辺山(ピョンサン)とともに西海岸三大海水浴場に数えられてきました。最近では、西海では珍しく波乗りができる場所として知られるようになり、サーファーたちがカリフォルニアになぞらえて「マルリポニア」と呼んでいます。2007年冬の原油流出事故を乗り越えてよみがえった海、という物語も抱えています。 名前に込められた航路 万里浦という名前は、朝鮮初期にここから中国へ向かう使臣を見送り、「万里の水路…

海岸・島
태안군
潮が満ちれば水深の浅い砂浜、潮が引けば貝やカニを獲れる広い干潟と、1日に2度表情が変わる場所です。泰安(テアン)半島・南面(ナンミョン)の西海岸に約3km続く蒙山浦海水浴場は、すぐ後ろに鬱蒼とした海松(クロマツ)の林があるため、森の中にテントを張って海へ歩いて出られるキャンプビーチとして有名です。泰安海岸国立公園の中にあって開発が控えめで、日没どきの西海(ソヘ)の夕焼けも見事です。 泰安海岸国立公園の海辺 泰安海岸国立公園は、1978年10月20日に瑞山(ソサン)海岸国立公…