布の巻物が高く積まれた生地の商店街を抜けると、小さな屋台グルメが集まる路地に出て、日が暮れると、市場の前の道が屋台の明かりでいっぱいになります。大邱 西門市場は、大邱で最も大きな伝統市場で、6つの地区に4千軒あまりの店が集まっています。観光客よりも大邱の人が先に訪れる生活の市場なので、大邱の日常を身近に感じられます。
ルーツは、朝鮮中期に大邱邑城の北門の外で開かれていた市です。「大邱場(テグジャン)」と呼ばれ、漢陽(ハニャン)や平壌(ピョンヤン)の市場とともに、朝鮮の三大市場に数えられ、その後、邑城の西門の外へ移ったことから、西門市場という名前が付きました。今の場所は、日本統治期の1920年に、天皇堂池という池を埋め立てた土地です。
市場は、何度も大きな火事に見舞われました。2005年の第2地区、2016年11月の第4地区で大規模な火災が起こり、店のほとんどが焼けましたが、そのたびに立ち上がってきました。2016年6月には常設の夜市がオープンし、2017年には文化体育観光部の「韓国観光の星」に選ばれました。2019年からは、毎年「韓国観光100選」に名を連ねています。
市場のすぐそばから、大邱近代路地の青蘿の丘(チョンナオンドク)(宣教師住宅)や桂星(ケソン)中学校の旧校舎、三・一万歳運動の道がつながっています。大邱芸術発展所と達城(タルソン)公園も近くです。
朝鮮後期の1770年には、大邱だけで9か所に五日市が立つほど市が栄え、西門の外の市は、漆谷(チルゴク)邑内の市と合わさって、さらに大きくなりました。今の場所に市場ができたあと、1922年に公設市場の許可を受け、1970年代に1・2・4・5地区の商業ビルが順に建てられました。1960年、1967年、1975年にも大火事が起こったほど、火災と縁の深い市場です。2016年にオープンした夜市は、2019年12月までに累計来場者が3,800万人に達したといいます。
訪問前に最新情報をご確認ください。