韓国の第1世代の洋画家張旭鎮(チャン・ウクチン、1917〜1990)が、生涯の最後の時期を過ごした家です。龍仁(ヨンイン)・馬北洞(マブクトン)のマンション団地のあいだに、朝鮮末期の京畿道の民家である韓屋と、画家が自分の絵の中の家をもとに自ら設計した洋館が、あわせて残っています。2008年に「龍仁 張旭鎮家屋」の名で国家登録文化遺産となり、現在は遺族が設立した張旭鎮美術文化財団が管理しています。
張旭鎮は1986年から亡くなるまでこの家に住み、絵を描きました。韓屋は、母屋と舎廊棟、蔵が「口」の字をなしつつ一方が開いた京畿道の民家の構造で、母屋と舎廊棟がそれぞれ46㎡ほどの小ぢんまりとした家です。張旭鎮はこの韓屋を自ら手直しして、アトリエ兼住居として使いました。松と石灯籠のある庭を、石垣と瓦の塀が囲んでおり、すぐ隣のマンション団地とはまったく違う時間が流れているようです。韓屋の一部は、現在「集雲軒」というカフェとして使われており、縁側越しに庭を眺めながらお茶を飲めます。
韓屋の裏手には、2階建ての赤レンガの洋館があります。張旭鎮は、1953年の作品〈自動車のある風景〉に描いたレンガの家をもとに、この家を自ら設計しました。黒い屋根と赤いレンガ、両側に窓が付いた玄関が絵の中の姿そのままなので、絵と実際の家を見比べる楽しみがあります。地下1階、地上2階、延べ面積約247㎡の規模で、現在は展示スペースとして使われています。韓屋側には、グッズを販売する小さなお店もあります。
張旭鎮は1917年に忠清南道・燕岐(ヨンギ)で生まれ、日本の東京の帝国美術学校で絵を学び、1954年から1960年までソウル大学校美術大学の教授を務めました。教授職を辞した後は、徳沼(トクソ)、水安堡(スアンボ)のような静かな場所へアトリエを移しながら、絵だけに没頭し、その最後のアトリエがこの馬北洞の家でした。「私はシンプルだ」という彼の言葉どおり、木と家、太陽と月、カササギと子どもといった単純な題材を、小さくて親しみやすい画面に描きました。李仲燮(イ・ジュンソプ)、金煥基(キム・ファンギ)らとともに、韓国近代洋画を牽引した世代とされています。晩年の作品は、まさにこの家で描かれました。彼の名を冠した楊州市立張旭鎮美術館が京畿道楊州に別にあるので(火〜日 10:00〜18:00、月曜休館)、作品をもっと見たい方は、あわせて計画してみてください。
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