大田(テジョン)と清州(チョンジュ)のあいだで錦江(クムガン)をせき止める大清ダムは、忠清圏の水を担う多目的ダムであり、山の頂が島のように浮かぶ大清湖をつくった立役者です。ダムの堤頂(ていちょう)や水文化館、展望台から湖を見下ろし、湖畔の公園を歩けば、半日のお出かけにちょうどよい場所です。
1960年代後半から繰り返される洪水と干ばつを防ぎ、安定して水を供給するために、建設が検討されました。工事は1975年3月に始まり、完成時期は資料によって1980年とも1981年とも異なります。ダムの名前は、当時の行政区域だった大徳(テドク)郡と清原(チョンウォン)郡の頭文字から取りました。湖ができたことで、4,075世帯、約2万6,000人の住民が故郷を離れて移住しました。