大田(テジョン)・松村洞(ソンチョンドン)のマンション団地のまんなか、芝生の公園の中に、朝鮮の儒者の端正な別堂が一棟残っています。同春堂(トンチュンダン)は、孝宗(ヒョジョン)の時代に大司憲、吏曹判書、兵曹判書を務めた学者宋浚吉(ソン・ジュンギル)の別堂で、宝物に指定されている建物です。大きな家ではありませんが、煙突を立てなかった独特の設計に儒者の心構えが込められていて、知れば知るほど面白い場所です。
同春堂はもともと、宋浚吉の父宋爾昌(ソン・イチャン)が建てた建物でした。宋浚吉が38歳だった1643年に、今の場所へ移して建てたと伝えられています。ただし、2012〜2013年に屋根を修理したとき、棟木の下から1617年の上棟、1649年の移築、1709年の補修の記録が見つかり、建物の来歴がより詳しくわかりました。宋浚吉はここで勉強し、後進を教えました。
「同春」は宋浚吉の号で、「万物とともに春を分かち合う」という意味です。建物の前に掛かる「同春堂」の扁額は、彼の没後6年目の1678年に、ともに朝鮮後期の学界を率いた尤庵・宋時烈が書いたものです。同春堂は1963年に宝物に指定されました。
同春堂の一帯は同春堂公園として整備され、地元の人たちの散歩道、憩いの場になりました。毎年ここで同春堂文化祭が開かれます。同春堂は鶏足山(ケジョクサン)の山並みの麓にあり、400mほどの鶏足山登山とセットで巡る人も多いです。
宋浚吉(1606〜1672年)は、孝宗の時代に大司憲、吏曹判書、兵曹判書を務めた文臣であり学者です。同じ一族の宋時烈とともに、朝鮮後期の学界と政治で大きな役割を果たし、この別堂で本を読み、弟子を育てました。
別堂は、家事を行う母屋や客をもてなす離れとは別に、勉強したり休んだり客を迎えたりするために使った建物です。同春堂は構造が簡素で規模も大きくありませんが、端正な比率と優美な屋根の曲線のおかげで、朝鮮時代の別堂建築の典型のひとつとされています。華やかさより節制を前面に出した儒者の生活空間を、もっともよく伝える建物のひとつです。