彦陽邑城(オニャンウプソン)は、山ではなく平地に四角く整然と築かれた、国内では珍しい邑城です。慶州、蔚山、密陽、梁山を結ぶ道の要所だった昔の彦陽の町を守った城で、今は南門の映華楼(ヨンファル)と甕城(オンソン)、城壁の一部が復元されています。彦陽の市街地のど真ん中にあるので、通りがかりに立ち寄りやすい場所です。
彦陽にはもともと、土で築いた土城がありました。高麗末の1390年に土城として初めて築かれたという記録があり、それより前の三国時代から土城があったという説明もあります。朝鮮の燕山君の時代の1500年に、県監の李譚龍(イ・ダムリョン)が城を広げ、石で築き直しました。この城は壬辰倭乱(文禄・慶長の役)のときに崩れ、現在残る城壁は1617年(光海君9年)に築き直されたものと伝えられます。
城壁は、大きな石を粗く加工して積み、隙間を小さな石で埋めた朝鮮前期の方式です。そのため彦陽邑城は、14〜15世紀の邑城の築き方や、高麗末から朝鮮初めにかけて変化した築城法を示す資料として評価されています。1966年に史跡に指定されました。