栄州(ヨンジュ)市街の西、西川(ソチョン)が曲がって流れる川辺の岩壁に、新羅の仏像が4体刻まれています。大きな本尊と両脇の二体の菩薩からなる磨崖如来三尊像と、2006年の豪雨で岩が崩れて世に現れた如来坐像です。同じ岩の下のほうには、それよりはるかに古い青銅器時代の岩絵まであり、ひとつの岩に数千年の信仰が重なっています。
三尊像は1963年に宝物に指定されました。中央の本尊仏は体が大きく、丸くふっくらした顔に大きな鼻と結んだ口が、強い意志を感じさせます。両肩を包んで流れ落ちる衣のひだが重厚で、背後の光背には、自然の岩をそのまま生かして蓮の花の文様と炎の文様を刻んでいます。足元の蓮華座は、高く浮き彫りにされています。
左の菩薩は丸い顔で胸が広く、左腕を肩の上にかけて右腕をお腹に当てた姿です。右の菩薩も似た腕前で、頭に宝冠をかぶり、両手を合わせて宝瓶(浄瓶)を持っています。統一新羅彫刻の写実的な流れを示す作品と評価されています。
2006年6月28日の集中豪雨で、三尊像の前方左側の岩盤が崩れ、その中から新しい磨崖如来坐像が見つかりました。蓮の花の文様を刻んだ宝珠形の頭光、大きく盛り上がった肉髻、ふっくらした顔が特徴です。両手とも親指と中指を合わせた説法印を結んでいますが、この手の形をした仏像としてはかなり早い時期の作品です。
顔と衣のひだ、蓮華座の様式が三尊像と同じことから、ほぼ同じ時期の650年ごろにつくられたとみられています。この時期の新羅の仏像のうち、慶州以外の地方でつくられた例は、栄州と奉化(ポンファ)地域にしかありません。坐像は2008年に宝物に追加され、2010年に現在の名称に改められました。
三尊像のある岩から約10m下、南側の垂直な壁面には、1989年に発見された栄州可興里岩刻画(慶尚北道有形文化財)があります。高さ1〜1.5m、幅4.5mの範囲に、青銅の道具で打ち刻んだ線や刀の柄の形の文様があり、何を意味するのかはまだ分かっていません。高霊(コリョン)の良田洞(ヤンジョンドン)、蔚山の川前里(チョンジョンニ)の岩絵と手法が似ています。絵のある岩壁は荒い花崗岩で、高さ約4m、幅5m以上です。豊穣を祈る祭祀の場が、のちに仏教信仰の場に受け継がれたわけです。