陶山書院(トサンソウォン)は、朝鮮を代表する儒学者退渓 李滉(トゲ・イ・ファン)が弟子を教えた書堂と、彼の没後に弟子たちが建てた書院が、ひとつの場所に並ぶ史跡です。洛東江(ナクトンガン)を見下ろす安東市陶山面の山裾にあり、2019年には「韓国の書院」9か所のひとつとしてユネスコ世界遺産に登録されました。華やかさよりも質素さを選んだ建物からは、儒学者たちの学びの姿勢がそのまま伝わってきます。
李滉(1501〜1570)は官職を退いて故郷に戻ると、1561年に学問を深め弟子を育てるため陶山書堂を建てました。建物は李滉自身の設計で、現在の陶山書院でもっとも古い建物です。弟子たちが寝起きした寄宿舎の農雲精舎(ノンウンジョンサ)も、このときに一緒に建てられました。
1570年に李滉が亡くなると、弟子や儒生たちは1572年に祠堂の尚徳祠(サンドクサ)へ位牌を祀り、1574年には講堂の典教堂(チョンギョダン)と東斎・西斎を加えて書院を完成させました。1575年には宣祖(ソンジョ)が名筆家の韓石峯(ハン・ソクポン)に書かせた「陶山書院」の扁額を下賜し、賜額書院となって嶺南儒学の中心になりました。李滉の学問は朝鮮だけでなく、日本の儒学にも大きな影響を与えました。
1975年から2007年まで使われた旧1,000ウォン札の裏面には、陶山書院が描かれていました。お札で先に出会った風景を、実際に確かめに行くことになります。書院は長いあいだ厳格な身分秩序を守っており、1880年代には庶子の出入りを認めよという朝廷の命令を拒んで、4年以上も対立が続いた記録も残っています。