小白山(ソベクサン)の麓、背の高い松林のあいだを清らかな竹渓川(チュッケチョン)が流れ、そのそばに低い瓦屋根の建物が集まっています。栄州 紹修書院(ヨンジュ・ソスソウォン)は、韓国で最初に建てられた書院であり、初めて王から名を与えられた賜額書院です。朝鮮の儒者たちが学んだ空間がほぼそのまま残っていて、書院とは何かをいちばん分かりやすく理解できる場所です。
1542年、豊基(プンギ)郡守の周世鵬(チュ・セブン)は、この土地の出身で、高麗時代に初めて朱子学を伝えた学者安珦(アン・ヒャン)を称えるため、祠堂を建てました。場所は、統一新羅時代の寺、宿水寺(スクスサ)があった跡地です。翌1543年、祠堂の前に儒生たちが学ぶ建物を設け、白雲洞書院が始まりました。
1549年に豊基郡守として赴任した退渓・李滉(イ・ファン)は、書院を国が認めて支援してくれるよう願い出ました。その結果、1550年に明宗が自ら書いた「紹修書院」の扁額とともに、書物と奴婢が下賜されました。「紹修」とは、すでに衰えた学問を再び受け継いで磨かせるという意味です。賜額後は定員も10人から30人に増え、ここで学んだ儒生は約4,000人にのぼるといわれています。
1868〜1871年に興宣大院君が全国の書院を整理した際にも、生き残った47か所のうちのひとつでした。1963年に史跡に指定され、2019年にはほかの書院8か所とともに、ユネスコ世界遺産「韓国の書院」に登録されました。
紹修書院の建物の配置は、ほかの書院に比べて自由です。講堂の後ろに祠堂を置く定型の配置が定着する前に建てられた、最初の書院だからです。ほかの書院を先に見た方なら、この「型が決まる前の姿」を見比べる楽しみがあります。