扶余(プヨ)の加林城(カリムソン)は、百済の山城のなかで、築いた年と当時の名前がともに記録に残る唯一の場所です。標高260mほどの城興山(ソンフンサン)の頂上を囲む城で、登るのは難しくなく、頂上に立つと、錦江(クムガン)下流と論山(ノンサン)・江景(カンギョン)の野原が一望できます。南門跡にそびえる大きなケヤキの「サランナム(愛の木)」は、時代劇やドラマにたびたび登場して、夕焼けの名所としても知られるようになりました。
『三国史記』には、加林城を百済の東城王23年の501年に築いたと記録されています。都の泗沘(サビ、今の扶余)から南へ直線距離で約10km、錦江が海へ向かう要所を見下ろす場所にあり、川をさかのぼってくる敵を防ぐ要衝でした。城を任された衛士佐平の苩加(ペクカ)は、ここを守れという命令に恨みを抱いて反乱を起こし、東城王を殺し、あとを継いだ武寧王がこの反乱を鎮圧したといいます。山の名前をとって「城興山城」とも呼ばれます。1963年に「扶余 城興山城」という名前で史跡に指定され、2011年に、百済の時代の名前を生かした今の名称に変わりました。
百済が滅びるとき、この城で羅唐連合軍に立ち向かって命を落とした、名もなき兵士たちをしのぶ林川忠魂祭(イムチョン チュンホンジェ)が、1979年から続いています。通常は4月末の2日間にわたって行われ、初日の夕方に城まで提灯行列が上り、山城の烽火台でのろしを上げます。翌日には、歴史行列や祭礼、国楽公演など、町の行事が続きます。
南門跡の上にぽつんと立つケヤキは、2021年に天然記念物に指定されました。高さは約22m、胸高周囲は約5.4mで、樹齢は資料によって400年以上から550年ほどまでと推定されています。片側に伸びた枝がハートのように見えることから、「愛の木」の名でより多く呼ばれています。ドラマ〈薯童謡(ソドンヨ)〉(2005)で、2人の主人公が気持ちを確かめ合う場面を撮影し、〈大王世宗〉、〈風の絵師〉、〈ホテルデルーナ〉、〈還魂〉などにも登場しました。
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