瓦屋根をのせた韓屋の本体の前に、赤レンガのゴシック様式の鐘楼が立つ聖堂、それがナバウィ聖堂です。韓国の伝統建築と西洋の聖堂建築をひとつに融合させた初期の聖堂で**、1987年に国の史跡に指定されました。韓国人初の司祭である金大建神父**が叙階を受けて初めて朝鮮の地を踏んだ場所を記念して建てられたため、カトリックの聖地として訪れる人も多くいます。
1845年(憲宗11年)、中国で叙階を受けた金大建神父は、フェレオル司教、ダヴリュイ神父とともに船に乗り、この近くの黄山(ファンサン)の渡し場に上陸しました。金大建神父は翌1846年に殉教しています。その上陸を記念して、初代主任司祭のベルモレル神父(韓国名:張若瑟〈チャン・ヤクスル〉)が監督と設計を担当し、中国人の職人たちが工事を行って1906年に聖堂が建てられました。完成は1907年とする記録もあります。設計には明洞聖堂のポアネル神父も力を貸しました。外から見ると、2階建ての建物と同じくらいの高さです。
当初は正面5間、側面13間の木造建築でしたが、1916~1917年に土壁をレンガに替え、ゴシック様式のレンガの鐘楼を加えて現在の姿になりました。その後も2度の修理を経ています。韓国のカトリック教会は、ここを金大建神父が初めて布教を行った場所として大切にし、聖地に定めました。
聖堂のある望城面華山里(マンソンミョン・ファサンニ)は、宋時烈(ソン・シヨル)が周囲の山の姿が美しいとして「華山」と呼んだことが地名の由来で、そのため聖堂も当初は華山聖堂と呼ばれていました。完州(ワンジュ)の華山面と名前が重なるため、華山の端にある岩の名にちなんで、現在のナバウィ聖堂になりました。