洛東江(ナクトンガン)を見下ろす漆谷(チルゴク)・倭館(ウェグァン)の丘の上に、赤レンガの嘉室聖堂(カシルソンダン)が立っています。1895年に主任司祭区が設けられた慶尚道の古い聖堂で、今の建物は1924年に献堂され、2024年に100周年を迎えました。朝鮮戦争のとき、洛東江戦線のただなかで、北朝鮮軍、国軍、米軍が順に野戦病院として使った聖堂です。
嘉室教会は、1895年に朝鮮教区の11番目の主任司祭区として設立されました。パリ外邦宣教会所属の神父が初代主任として赴任し、漆谷、星州(ソンジュ)、金泉(キムチョン)、聞慶(ムンギョン)、醴泉(イェチョン)など、広い地域を担当しました。その後、金泉や倭館など多くの聖堂がここから分かれていったため、慶尚道北部の母なる聖堂と呼ばれています。日本統治期から長いあいだ洛山聖堂と呼ばれていましたが、2005年に元の名前である嘉室聖堂を取り戻しました。
今の聖堂は、明洞(ミョンドン)聖堂の工事にも携わったフランス人の朴道行(ヴィクトル・ルイ・プワネル)神父が設計しました。当時の主任・呂東先(ヨ・ドンソン)神父は、レンガを一つ一つ金づちでたたいて音を確かめ、最も良いレンガだけを聖堂に使い、次に良いものを司祭館に使ったといわれます。ゴシックとロマネスク様式が混ざった聖堂と司祭館は、2003年に慶尚北道の文化遺産に指定されました。
1950年の夏、洛東江の戦いで村は焼けましたが、聖堂は崩れませんでした。北朝鮮軍、国軍、米軍が順に聖堂を野戦病院として使い、その痕跡が今も残っています。
1952年からは、北朝鮮の徳源(トグォン)から避難してきたベネディクト会の修道者たちが、この聖堂を担当してきました。
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