光教山は、水原(スウォン)と龍仁(ヨンイン)の境にそびえる山で、最高峰シルボン(甑峰)の高さは、資料によって582mまたは585mと記されています。周りに大きな山のない平野の真ん中にあり、水原の「鎮山(チンサン、町の守り山)」と見なされてきました。岩が少なく土の厚い山で、稜線に沿って松の森の道が長く続きます。水原川(スウォンチョン)の源流でもあり、山の下の光教貯水池や光教湖公園まで水の流れがつながっています。
もとの名前は、光岳山または光玉山だったといいます。928年、高麗の太祖・王建が後百済を討って帰る途中、この山の行宮に泊まり、山から光が空に立ちのぼるのを見て、仏の教えを授ける山だとして「光教(光敎)」という名前をつけたと伝えられています。昔の水原の人々は、松に雪がこんもり積もる冬の風景「光教積雪」を、水原八景のなかでも筆頭に挙げました。昔、この山には昌聖寺(チャンソンサ)をはじめ庵が89か所もあったと伝えられ、名前のとおり仏教と縁の深い山でした。
丙子の乱(1636〜1637年)のときは、金俊龍(キム・ジュンリョン)将軍がこの山で清の軍を大きく打ち破り、山裾にはその勝利を称える戦勝地と碑が残っています。
光教山は、漢江(ハンガン)の南へ延びる山脈漢南正脈の主峰で、漢江側と西海(黄海)側に流れる水を分ける分水嶺です。北の白雲山(ペグンサン)、バラサンへ続き、儀旺(ウィワン)や城南(ソンナム)、ソウルの清渓山(チョンゲサン)まで稜線がつながっているため、山好きの人々は、いくつもの山をつなぐ長い縦走を楽しみます。稜線には松が多く、谷の奥は広葉樹林で、季節ごとに山の色が大きく変わります。