弘大(ホンデ)は、ソウル市麻浦区(マポグ)の弘益大学校(ホンイクデハッキョ)の前を中心に、弘大入口駅、上水(サンス)駅、合井(ハプチョン)駅の間に広がる繁華街です。正式な行政地名ではなく、学校名を略した呼び名ですが、1990年代にインディーズ音楽とストリートアートがこの地で育ったため、今もソウルで最も若い街のひとつに挙げられます。昼は路地の店やカフェを、夜はバスキングやライブ公演を目当てに訪れる人が多いです。
この一帯はもともとチャンダリ(細橋里)という韓国語の地名で呼ばれていました。「小さな橋」という意味で、1984年に地下鉄弘大入口駅が開業すると「弘大」という名前が定着しました。美術大学として名高い弘益大学校のおかげで、家賃が安かった時代から、アトリエを求める芸術家たちが集まってきました。
1990年代初めに個性的なカフェができ、中ごろにはドゥラッグ、ジャマーズなどのライブクラブが開店しました。クライング・ナットやデリ・スパイスといったバンドがこのステージで活動したことで、「韓国のインディーズ音楽は弘大から始まった」という言葉が生まれました。1993年には、美大生たちが学校周辺の塀や道を飾り付けるなかで、初のストリートアート展が開かれました。2010年代に入って家賃が上がると、店主や芸術家たちは延南洞(ヨンナムドン)、望遠洞(マンウォンドン)、合井洞のほうへ移り、その結果「弘大」が指す範囲も広がりました。
弘大は一本の通りではなく、いくつもの道が入り組んだ街です。弘益大学校の前を通るワウ山路と楊花路、弘大入口駅と学校の正門を結ぶ弘益路、それと並行するチャンダリ路が、昔からの中心軸です。今「歩きたい通り」があるオウルマダン路は、旧唐人里線の線路がなくなった跡に通された道です。
夜の文化もこれらの通り沿いに育ちました。1980年代末に音楽を流すカフェやバーから始まったクラブ文化が、1990年代のライブクラブにつながり、1990年代末には個性的なテーマカフェができて、今のカフェ通りになりました。2001年3月には、リストバンド1つで複数のクラブに出入りできるクラブデーが始まり、中断と再開を経て、2015年からはライブクラブが集まるライブクラブデーへと続いています。開催の有無と日程は、訪問前に確認してください。
最近の弘大は、外国人旅行者にとってKビューティーのショッピング街としても知られています。大型コスメショップが集まっており、2024年には外国人観光客向けのコスメセレクトショップの2号旗艦店がここにオープンしました。ハラール料理店も何軒かできています。