ソウルの仁王山(イナンサン)の中腹、国師堂(ククサダン)の上の急な階段を上りきったところに、高さ7~8mの岩が二つ、肩を寄せ合って立っています。僧衣をまとった僧侶のように見えることから、座禅の「禅」の字をあてた禅岩(ソンバウィ)です。今もろうそくと供え物が絶えない祈りの場で、漢陽都城を築くとき、この岩を城の内側に置くか外側に置くかをめぐって起こった論争の話が伝わっています。
朝鮮の太祖が漢陽に都城を築くとき、王師の無学大師と文臣の鄭道伝(チョン・ドジョン)が、この岩をめぐって対立したという話があります。岩を城の内側に置けば仏教が興って儒学者が力を失い、外側に置けば僧侶が力を失うというものでした。決定を先送りにした翌日、城を築こうとしていた場所に沿って、雪の溶けていない線ができ、太祖はこれを天の意思と考えて、その線に沿って城を築きました。結局、岩は城の外に残り、無学大師は「これからは僧侶は、儒者の本の風呂敷でも背負って歩くことになるだろう」と嘆いたといいます。
このことから、漢陽都城は雪の字を使って雪城(ソルソン)と呼ばれ、雪の垣根を意味する「ソルウル」が「ソウル」になったという民間の話もあります。岩を太祖と無学大師、あるいは太祖夫妻の姿に見立てる伝説も伝わり、無学大師がこの岩で千日祈祷をしたという話もあります。
禅岩は、1973年にソウル市民俗文化遺産第4号に指定され、2024年にはソウル市自然遺産にも指定されました。