瑞山(ソサン)の伽倻山(カヤサン)の麓、龍賢渓谷(ヨンヒョンケゴク)沿いを少し登ると、大きな岩の断崖で三体の仏様が微笑んでいます。1,300年以上も風雨にさらされてきたのに、ふっくらとした頬の顔と柔らかな微笑みがくっきりと残っています。瑞山 龍賢里 磨崖如来三尊像(ソサン ヨンヒョンニ マエヨレサムジョンサン)は、一般に「百済の微笑」という愛称で呼ばれる国宝です。
この仏像は、百済後期の7世紀ごろに刻まれたとみられています。瑞山は当時、百済の都の熊津(ウンジン、公州)や泗沘(サビ、扶余)から中国へ向かう黄海の航路の要衝でした。中国や高句麗から仏教の文物が入ってきたこの道の上に、仏像を刻んだと推定されています。
百済の滅亡後、長いあいだ地元の人々だけが知っていたこの仏像は、1959年に普願寺址(ポウォンサジ)の遺物調査に乗り出した研究者に知られ、世に紹介されました。村ではこの岩を「インバウィ」と呼んできましたが、この名前から、住民たちはすでに仏像の存在を知っていたと考えられています。1962年に国宝に指定され、2010年に今の名前に変わりました。この仏像の発見によって、それまで「百済系」とだけ推定されていた数々の仏像との関連が明らかになり、百済仏の本当の姿が分かったと評価されています。
仏像の表情は、日が当たる時間によって、厳かに見えたり穏やかに見えたりします。同じ日でも朝と午後では顔が違い、時間を変えて2回見る人もいます。深い山の岩壁を選んで仏像を刻み、近くに小さな庵を置く方式は、韓国の石窟寺院の初期の形と評価されています。