伽耶山(カヤサン)の北、象王山(サンワンサン)の麓、龍賢渓谷(ヨンヒョンケゴク)に沿って奥まで登っていくと、山に囲まれた広い空き地のまんなかに、五層石塔がひとつ立っています。瑞山 普願寺跡は、僧侶1,000人あまりが暮らしたという記録が残る大寺院の跡で、今は建物はなく、石塔、僧塔、塔碑、幢竿支柱(トゥンガンジジュ)、巨大な石の水槽だけが残っています。渓谷の入口にある百済の磨崖三尊仏(瑞山龍賢里磨崖如来三尊像)から、もう少し歩いて入ればいいので、2か所を一緒に見て回るのに向いています。
寺が最初に建てられた時期は、はっきりしません。寺の跡から百済時代の金銅如来立像が出土したことから、百済のころから寺があった可能性が指摘されており、残っている石造物の大部分は、統一新羅末から高麗初期のものです。高麗の光宗の時代には、王の師だった法印国師・坦文(900〜975)が、この寺と深いつながりがありました。彼は968年に王師、974年に国師となり、翌年、普願寺に戻って亡くなりました。1530年に編纂された『新増東国輿地勝覧』に「普願寺が象王山にある」という記録があり、少なくとも16世紀までは寺が続いていたとみられます。
寺の跡は1987年に史跡に指定され、2006年から2017年まで発掘調査が続きました。そのため今は、建物の基壇と礎石の跡が整備されて広く現れており、昔の寺の配置を想像しながら歩けます。
普願寺跡から出土した仏像の大部分は、博物館にあります。統一新羅の鉄造如来坐像と高麗の鉄仏坐像はソウルの国立中央博物館に、百済の金銅如来立像は国立扶余博物館に所蔵されています。博物館でこれらの仏像を先に見てから来ると、がらんとした寺の跡が違って見えます。寺の跡から渓谷に沿って下ると、岩壁に刻まれた磨崖三尊仏があり、この谷全体がひとつの大きな仏教の聖地だったことを実感できます。
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