瑞山(ソサン)市の海美川(ヘミチョン)沿いにある海美国際聖地は、朝鮮末期の迫害で忠清道各地から連行されたカトリック信者1,000人余りが処刑され、生き埋めにされた場所に建てられた殉教の聖地です。海美邑城(ヘミウプソン)から1kmほどの距離にあり、邑城の牢獄や刑場からここヨスッコルまで続く殉教者たちの最後の道のりを、あわせてたどることができます。
海美は朝鮮初期、忠清兵馬節度使営が置かれた軍事の要衝でした。1651年に兵営が清州(チョンジュ)に移ったあとも、海美県監を兼ねた営将は国事犯を処刑する権限を持ち、管轄は忠清道の内浦(ネポ)地方から京畿道の平沢(ピョンテク)にまで及んでいました。そのため、この地域で捕らえられたカトリック信者は海美邑城に連行されました。処刑は当初、邑城の西門の外で行われていましたが、1866年の丙寅迫害で捕らえられた人があまりに多くなると、海美川沿いに大きな穴を掘り、信者を生きたまま埋めました。1872年まで続いた迫害で、ここで命を落とした人は1,000人以上と推定されています。
連行される信者たちは「イエス・マリア」と唱えて祈っていましたが、村人の耳にはその声が「ヨス(キツネの方言)の頭」と聞こえたといいます。そのためこの一帯はヨスッコルと呼ばれるようになったと伝えられています。
1935年、瑞山聖堂のポム・バロ(Barraux)神父が目撃者の証言を集めて殉教者の遺骨の一部を発掘し、虐殺の実態が明らかになりました。遺骨は上洪里(サンホンニ)公所に仮安置されたのち1995年にここへ移され、信者たちの献金によって2003年に聖地が完成しました。2014年にはローマ教皇庁が海美の殉教者3人を福者に宣言し、同じ年の8月に韓国を訪れた教皇フランシスコがこの聖地を訪れました。
訪問前に最新情報をご確認ください。