南海島(ナメド)の南の端、雪屹山(ソルフルサン)と鷹峰山(ウンボンサン)が海へまっすぐ落ちる斜面に、100段あまりの田んぼが階段のように幾重にも積み重なっています。わずかな土地でも耕そうと山の斜面を削ってつくった棚田が海と接する風景のおかげで、加川(カチョン)村は2005年に国の名勝に指定されました。田んぼのあいだの道を伝って海辺の丸石の海岸まで下りていくと、この村の人々が土地と海に頼って暮らしてきた姿が、そのまま見えてきます。
棚田(ダラギ)は、稲作のために急な斜面を削り、石で石垣を築いてつくった、細長い田んぼです。土地が貴重な海辺の山の斜面で、田んぼを一段、また一段と増やしてきた結果が、今の階段状の風景です。南海郡ではダレンイ村と呼んでいて、国家遺産の名称は「南海 加川村の棚田」です。
村の始まりについての詳しい記録はありませんが、代々暮らしてきた金海金氏と咸安趙氏の家に伝わる資料から、新羅の神文王のころから人が住んでいたとみられています。壬辰倭乱のときに使われたとみられる雪屹山烽燧台も、それ以前から村があったことを示す証拠です。名前はもともと間川(カンチョン)でしたが、朝鮮中期に現在の加川(カチョン)に変わりました。
雌雄岩では今でも毎年旧暦の10月に、村の平安と豊穣を祈る洞祭(村の祭祀)が行われます。日にちは、資料によって旧暦10月15日または23日と伝えられています。
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