麗水(ヨス)の突山島(トルサンド)の真ん中、島の幅が狭くなる首の部分にあるムスルモク海岸は、大きな丸石(モンドル)が約700mにわたって敷き詰められたビーチです。海側に小さな島々が並んで浮かんでいるため、日の出の名所として知られ、壬辰倭乱(文禄・慶長の役)のとき、李舜臣将軍が日本軍を大きく破った場所としても伝えられています。海松(クロマツ)の林と丸石の音に耳を傾けながら、ゆっくり歩くのに向いた場所です。
ムスルモクはムシルモク、ムスルモクとも呼ばれます。「モク(首)」は道の要所のように狭い土地を意味していて、実際にここは、突山島の両側の海のあいだの土地が、幅約100mに狭まる場所です。丁酉再乱(慶長の役)の終盤の1598年(戊戌の年)、李舜臣の水軍がこの狭い海に日本の船を引き込んで撃破したという話が伝わっており、名前もその年の名前「戊戌(ムスル)」から来ているという説明があります。ただ、名前の由来はいくつかの説が併存していると考えるのがよさそうです。
伝わる話によると、このとき朝鮮水軍は日本の船60隻あまりをこの狭い水路に引き込み、すべて撃破したといいます。数字は確かな記録で確認されているわけではありませんが、島の両側の海が近く迫った地形を見ると、なぜここが戦いの舞台になったのか察しがつきます。いまは穏やかな丸石のビーチですが、浜に立って両側の海を交互に眺めると、島の狭い首の部分を実感できます。