江北サムスン病院の建物の前に寄り添うように立つ2階建ての洋館が京橋荘(キョンギョジャン)です。解放後に帰国した白凡・金九(キム・グ)が1945年11月から暮らし、大韓民国臨時政府の最後の庁舎として使った家で、1949年6月26日、金九はここの2階の執務室で暗殺されました。現在はソウル歴史博物館の分館として復元され、無料で公開されています。
京橋荘は、金鉱で大きな富を築いた崔昌学(チェ・チャンハク)の別荘として1938年に建てられました。当初の名前は日本式の竹添荘で、建築家の金世鍊(キム・セヨン)が設計しました。解放後、崔昌学がこの家を金九の住まいとして差し出すと、金九は近くの橋の名「京橋」にちなんで京橋荘と改名しました。ここは臨時政府の国務会議が開かれ、信託統治反対・統一運動が続けられた、民族陣営の中心地でした。
金九の死後、建物は崔昌学に戻り、中華民国大使公邸、朝鮮戦争中の米軍施設など、持ち主が何度も変わりました。1967年にサムスン財団が買い取ったあと、裏手に病院本館がくっつき、長いあいだ病院の玄関として使われました。2005年に史跡に指定され、病院施設をすべて撤去する復元工事を経て、2013年3月に再び扉を開きました。
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