仁川(インチョン)港を見下ろす鷹峰山(ウンボンサン)の丘全体が自由公園です。仁川港が開港してから数年後の1888年に外国人居留民がつくった、韓国初の西洋式公園です。各国公園、西公園、万国公園、そして自由公園へと名前が変わってきた歩みには、開港期から朝鮮戦争までの仁川の近現代史がそのまま刻まれています。チャイナタウンのすぐ上にあるので、あわせて歩くのにぴったりです。
1883年に仁川港が開かれると、このあたりには各国の租界ができました。公園は1888年に外国人居留民団が管理するかたちで開園し、人々は各国公園と呼びました。日本の勢力が強まるなか、1914年に各国租界が廃止されて管理権が仁川府に移ると、名前は西公園に変わりました。1919年の3・1運動の後には、ここで漢城政府の樹立が宣布されたと伝えられています。
解放後は万国公園と呼ばれ、朝鮮戦争(6・25戦争)で公園の半分以上が破壊されました。仁川上陸作戦から7周年の1957年9月15日に、作戦を指揮したダグラス・マッカーサー将軍の銅像が建てられたことから、現在の名前である自由公園になりました。