全州韓屋村のにぎやかな路地を抜けて、全州川(チョンジュチョン)のほうへ歩いていくと、突然、静かな石垣と大きなイチョウの木が現れます。全州郷校は、朝鮮時代の全州の町の国立教育機関であり、孔子と儒学者たちの位牌をまつる祭祀の空間でもありました。秋になると庭全体が黄色いイチョウの葉で覆われ、韓屋村でもっとも多くの人が写真を撮りに来る場所になります。
郷校は、高麗の恭愍王3年(1354年)に最初に建てられたと伝えられています。最初の場所は現在の豊南洞でしたが、1410年にすぐ隣に、太祖李成桂の肖像画をまつる慶基殿ができました。すると1441年、世宗の時代に、本を読む声や鞭の音がうるさくて太祖の霊を安らかにまつれないという理由で、郷校は城の西側に移されました。
壬辰倭乱と丁酉再乱を経た1603年には、郷校が邑城から遠すぎて、全州川を渡って通うのが不便だという理由で、いまの場所へ再び移されました。1767年に全州で大火が起きたときは、慶基殿にあった太祖の御真をここに移してまつったこともあり、東学農民運動のときには、農民軍が人を集める拠点にもなりました。1992年に国の史跡に指定されました。
近現代には受難も経験しました。1949年に位牌の多くが片づけられ、朝鮮戦争のときには残った位牌がぞんざいに捨てられましたが、1950年8月に李秉殷(イ・ビョンウン)がひそかに収めて押し入れに隠したといいます。建物は事務所や飼い葉の倉庫として使われて傷み、保管していた木版の一部も焼けました。1952年に全州の儒生たちが衛聖契をつくり、寄付金で郷校を修理して位牌をつくり直し、1987年には大成殿と東・西廡を解体復元しながら、晩花楼と蔵板閣を新しく建てました。
伝統的な建物と石垣がよく残っているので、映画『YMCA野球団』、ドラマ『宮~Love in Palace』、『トキメキ☆成均館スキャンダル』、『雲が描いた月明かり』などがここで撮影されました。今も春と秋には孔子を称える釈奠(ソクチョン)を行い、毎月の朔日と望日(満月の日)には香をたく儀式を続けています。
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