木浦近代歴史館は、儒達山の麓、かつての日本人居留地に残る二つの近代建築を展示館として使っています。1館は旧木浦日本領事館、2館は旧東洋拓殖株式会社木浦支店の建物です。開港とともに急速に成長した港町・木浦の始まりから、日本統治期に米や土地を奪われた時代の記録まで、建物そのものが展示物の役割を果たしています。
木浦には1898年に日本領事館が設置され、現在の建物は1900年に完成しました。赤レンガを積んだ2階建てのルネサンス様式の建物で、中央に玄関を設け、寄棟屋根を載せています。領事館として使われたあと、木浦府庁舎、光復(解放)後は木浦市庁、市立図書館、1990年から2009年までは木浦文化院として使われました。補修を経て2014年に近代歴史館1館としてオープンし、1981年に史跡に指定されました。
中に入ると、大理石で飾られた暖炉と当時使われていた鏡が、そのままの姿で残っています。2階建ての館内では、7つのテーマで木浦の開港から近代都市になるまでの過程を紹介しています。木浦の始まりから近代までを一か所で見られることから、「近代史の宝箱」という別名もつきました。日本は領事館を建てる前に朝鮮政府の万戸庁(マンホチョン)を借りて使い、そのあと儒達山の高い場所に仮の建物を建て、その後、現在の場所に領事館と警察署、郵便局をあわせて設けました。建物の外には、日本統治期に造られた防空壕も残っています。
東洋拓殖株式会社は、1908年に朝鮮の経済を掌握するために設立された会社です。1909年に羅州(ナジュ)の栄山浦(ヨンサンポ)に出張所を置いたあと、木浦が大きくなると1920年に木浦へ移って支店となり、現在の建物は1921年に建てられました。日本統治期に最もにぎわった通りにあり、全国の支店のなかで小作料を最も多く取り立てた場所として知られています。韓国南部には釜山と木浦にだけ東拓の建物が残っており、木浦の建物のほうが規模が大きいです。全羅南道の記念物に指定されています。
2館には日本による収奪を伝える写真や、独立のための救国運動の資料が展示されており、当時の金庫も残っています。建物を取り壊すか保存するかをめぐって長く議論が続いたあと歴史館として使われることになり、1920年代の木浦に建てられたこの様式の建物としてはほぼ唯一である点も、価値として挙げられています。歴史に関する体験やゲームのような展示もあり、お子さんと一緒に見るのにも向いています。
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