木浦港のすぐ目の前の海に細長く横たわるこの島は、丁酉再乱(慶長の役)のときに李舜臣将軍が水軍を立て直した場所です。いまは木浦大橋と海上ケーブルカーで陸地とつながり、海の上を1,080m続く海岸デッキ道や、板屋船を積み上げた形の展望台が、木浦旅行の新しい定番コースになりました。海をはさんで儒達山と木浦市街を眺められるのが、この島ならではの魅力です。
高下島は、木浦沖およそ2kmにある島です。1597年の鳴梁海戦で日本水軍に大勝した李舜臣は、艦隊を立て直すため、この島に106日間滞在しました。多島海の島々に囲まれて風や波を避けやすく、木浦側へ長く延びる島の先端「龍頭(ヨンドゥ)」は、今も木浦港の天然の防波堤の役割を果たしています。島内には、これを偲ぶ李忠武公遺跡と記念碑が残っています。
近代には、まったく別の物語が加わりました。1904年、この島でアメリカ産の陸地綿(綿花)の試験栽培が初めて成功して全国に広まり、これを記念する碑が1936年に建てられました。日本の植民地時代には、日本軍が武器を隠すために掘った人工の洞窟もできました。長く船でしか行き来できなかった島は、2012年の木浦大橋の開通で陸地とつながりました。