坡州(パジュ)の雲井(ウンジョン)新都市の北、長命山のふもとの松林に、青銅器時代の墓である支石墓(ドルメン)が点在しています。多栗里・唐下里支石墓群は、京畿道北部で最大の支石墓群で、一時は100基を超えていた支石墓のうち、生き残ったものたちです。森の道を歩きながら、蓋石の下に支石が現れた姿や、支石墓を築いた青銅器時代の人々の暮らす村に思いをはせることができます。
支石墓は、大きな蓋石を地上にのせ、その下に支石と墓室を置いた墓です。主に、経済力や政治権力を持った支配層の墓として知られています。墓室が地上にある卓子式、地中に墓室を設けて小さな支石を支えにした碁盤式、支石がなく蓋石だけをのせた蓋石式に分けられます。
この支石墓は、標高102mの長命山から南東へ延びる標高60〜80mの丘陵の中腹にあります。行政区域は多栗里と唐下里に分かれていますが、同じ山の尾根につながっていて、もとはひとつの大きな群れだったと考えられています。多栗洞・唐下洞・校河洞が接する丘陵にはもともと100基を超える支石墓がありましたが、軍事施設が建てられるときに大半が壊れ、20基あまりだけが残りました。そのうち状態のよいものが、1992年6月5日に京畿道記念物に指定されました。一部は京畿道庁や統一路、温陽民俗博物館などに移されて、建て直されています。