雲住寺(ウンジュサ)は、和順(ファスン)の天台山(チョンテサン)の西側の谷間にあるお寺です。ふつうのお寺のように大きな本堂を見に行くところではなく、谷底と両側の尾根の岩のあちこちに散らばる石仏と石塔を探しながら歩く場所です。素朴で飾り気のない顔の石の仏さまや、球のように丸い塔、円盤を重ねたような塔が、ほかのお寺ではなかなか見られない風景をつくっています。地面に横たわったまま残る臥仏は、雲住寺を代表する顔です。
お寺がいつ、誰によって建てられたのかは、はっきり知られていません。いちばん広く知られているのは、新羅末の道詵国師(トソン国師)が、風水に基づいて地の気を補うために建てたという話です。この地形を船の形と見て、船の帆柱と船頭を象徴する仏像千体と塔千基を一晩で建てたことから、千仏千塔という言葉が生まれました。そのため、「船を動かす」という意味の雲住寺(運舟寺)と呼ぶこともあります。
実際には、高麗中期から末期にかけて大いに栄えたお寺と考えられていて、出土した遺物から、遅くとも高麗初期には建てられていたと推定されています。15世紀後半に再び大きく建てられましたが、丁酉再乱(慶長の役)で廃墟となり、18世紀に仏像と塔を修理して薬師殿を再建しました。1984年から4回にわたって発掘調査が行われ、寺跡は1985年に史跡に指定されました。朝鮮初期まで千体ほどの仏像と塔があったと見られていますが、いま残っている数は、資料によって石仏70〜90体あまり、石塔18〜21基と異なって記されています。2017年には「和順 雲住寺の石塔群」がユネスコ世界遺産の暫定リストに載りました。