和順(ファスン)郡の道谷面(トゴンミョン)孝山里(ヒョサンニ)から春陽面(チュニャンミョン)大新里(テシンニ)へ越えるポゴムジェ峠の両側の谷、約5kmの区間に、支石墓(ドルメン、韓国語でコインドル)596基が点在しています。ここが特別なのは、支石墓だけでなく、蓋石を切り出した採石場まで残っているからです。石を切り出し、運び、墓として据えるまでの過程を、ひとつの谷でたどれる場所はめずらしいです。2000年12月、高敞(コチャン)・江華(カンファ)の支石墓遺跡とともにユネスコ世界遺産に登録されました。
これらの支石墓が学界に知られたのは、意外に遅い1995年12月です。木浦大学の李栄文(イ・ヨンムン)教授の研究チームがポゴムジェ一帯を調査して初めて報告し、わずか5年で世界遺産になりました。森に覆われていた大きな岩が、実は墓だったのです。596基のうち287基は支石墓と確認されたもので、309基は支石墓と推定されるものです。半径4km以内にはさらに50あまりの群集、約400基があり、合わせると1,000基を超えます。
正式名称は和順 孝山里と大新里の支石墓群で、1998年9月17日に史跡に指定されました。坤之山(コンジサン)と万之山(マンジサン)の南麓に沿って続く遺跡は、拠点ごとに、クェバウ(47基)、官庁岩(190基)、タルバウ(40基)、ピンメ岩(133基)、カムテ岩(140基)、大新里の発掘地(46基)の支石墓群に分かれます。高敞の支石墓が列をなして整然と並んでいるのに対し、和順の支石墓は森と岩のあいだに散らばっていて、周囲の自然とひとつながりのように見えます。
支石墓の石は、この一帯の白亜紀の地層にある溶結凝灰岩です。板状によく割れる性質のおかげで蓋石に使いやすく、凝灰岩の露頭が約4kmにわたって現れています。こうした地質と歴史の組み合わせが認められ、2018年には無等山圏のユネスコ世界ジオパークにも含まれました。
ポゴムジェは、宝城(ポソン)と羅州(ナジュ)を結ぶ近道でした。山賊がたびたび現れたため、人々が馬に乗った将軍が現れてくれることを願い、ピンメ岩の下に宝剣を隠したという話から、峠の名前が生まれたといいます。宝城の郡守がこの峠を越えて通ったことから、ポソンジェとも呼ばれます。官庁岩支石墓群の名前も、峠を越える郡守が大きな岩の上で民の訴えを処理したという話に由来します。