春川(チュンチョン)の昭陽湖(ソヤンホ)北側の五峰山(オボンサン)の麓にある清平寺(チョンピョンサ)は、昭陽江ダムの船着場から船に乗って入るお寺なので、「島の中のお寺」と呼ばれています。973年に初めて建てられた千年の古刹で、お寺の下の渓谷には、高麗の人が整えた庭園高麗禅院が残り、蛇の恋の説話にまつわる回転門が今も立っています。
お寺は973年(高麗の光宗24年)、霊玄禅師(ヨンヒョン禅師)が白巌禅院という名前で建てました。しばらく放置されたあと、1068年に李顗(イ・ウィ)が再建して普賢院と名付け、1089年にその息子の李資玄が官職を捨ててここに隠れ住み、山の名前を清平、お寺の名前を文殊院に改めました。李資玄の生涯を記録した文殊院記の碑は1130年に建てられましたが、朝鮮戦争のときに完全に壊れ、2008年に復元されました。
朝鮮時代には生六臣の金時習(キム・シスプ)が滞在し、1555年に僧の普雨(ポウ)が清平寺に名前を改め、建物のほとんどを新しく建てて大寺院になりました。しかし1947年に極楽殿が焼け、朝鮮戦争で多くの殿閣がなくなったため、今の極楽宝殿と三聖閣は1977年、大雄殿は1988年に建て直したものです。大韓仏教曹渓宗の新興寺(シンフンサ)の末寺です。
一人の青年が、身分の違う公主を愛して殺されたあと、蛇として生まれ変わり、公主の体にまとわりついたといいます。公主が清平寺に祈りに来て洞窟で一晩を過ごすと蛇は自ら離れましたが、公主を追ってお寺に入ろうとして、回転門の前で雷に打たれ、豪雨に流されたという話です。公主は感謝の気持ちから三層石塔を建てたと伝わっています。公主が唐の太宗の娘だという話も、元の順帝の娘だという話もあります。
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