慶州の東、含月山(ハムォルサン)の麓、東海の海からそう遠くない森の中に祇林寺があります。かつては仏国寺(プルグクサ)がこの寺の末寺だった時代があるほど、一時は慶州一帯で最も大きな寺でしたが、交通が不便なため、今ではぐっと静かな山寺として残っています。丹青の色あせた大寂光殿と五点の宝物、そして五つの味の泉の話が、この寺を訪れる理由です。
祇林寺は、新羅の時代にインドの僧光有(クァンユ)が建てて林井寺(イムジョンサ)と呼び、元暁(ウォニョ)が寺を広げるときに祇林寺と改名したと伝わります。名前は、釈迦が説法したインドの祇園精舎にちなんでいます。『三国遺事』には、神文王が東海の龍王から万波息笛を受け取って戻る途中、祇林寺の西で休んだという記録があり、遅くとも神文王の時代には寺があったことが分かります。
高麗時代にも大寺院としての地位を保ち、朝鮮の世宗の時代に仏教の宗派を整理したときには、禅宗18寺のひとつに名を連ねました。壬辰倭乱のときは僧兵活動の中心地でした。1863年の火災で多くの建物を失いましたが再建され、戦禍をほとんど受けなかったため、古文書や御筆が多く伝わっています。日本統治期には31本山のひとつで、現在は大韓仏教曹渓宗仏国寺の末寺です。
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