仏国寺と石窟庵がある山が、まさに吐含山(トハムサン、標高745m)です。新羅の人々はこの山を、国を守る5つの山のうち東の山、東岳(トンアク)として崇めました。山頂に立つと、西には慶州盆地と南山が、東には幾重にも重なる山並みの向こうに東海が見えます。石窟庵からもう少し登れば着くので、慶州の文化遺産めぐりに軽い山歩きを加えたいときにぴったりの山です。
新羅は、国土の東西南北と中央にある5つの山を五岳と定め、国家の祭祀を行いました。吐含山はそのうちの東岳で、中祀(ちゅうし)が行われた護国の山でした。名前の由来には2つの説が伝わっています。ひとつは、石脱解(ソク・タレ)王の別名「吐解(トヘ)」と音が似ていて吐含山になったという説、もうひとつは、東海から押し寄せる霧や雲を含んでは吐き出すように天気がよく変わる様子から名前がついたという説です。
山を成す岩は、白亜紀にできた仏国寺花崗岩です。この堅い石が、早くから仏国寺の石垣や石窟庵の石造彫刻の材料になったことを思うと、山と寺がひとつの体のように感じられます。吐含山は慶州国立公園の吐含山地区に属し、山すその森はほとんどが松林です。
慶州市街から見ると、吐含山は東の空をさえぎる壁のように立っています。山の向こうがすぐ東海なので、海霧が山を越えてくる日が多く、晴れていた山頂があっという間に雲に覆われることもあります。新羅が東の海から来る脅威を防ぐ守護の山としてここを選んだ理由が、山頂に立つと実感できます。
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