井邑(チョンウプ)市古阜面(コブミョン)の村の奥の丘に建つ古阜郷校は、朝鮮時代に国が建てた地方の学校であり、孔子と聖賢に祭祀を捧げた場所です。紅箭門から外三門、明倫堂、大成殿まで、郷校の基本的な建物がそのまま残っており、郷校とはどのような構造なのかを一度に理解するのにぴったりです。1894年に東学農民革命が始まった古阜を巡る歴史の旅に、あわせて加えてみる価値があります。
郷校は、孔子と諸聖賢に祭祀を捧げ、地方の人々を教えるために国が建てた教育機関です。古阜郷校が最初に建てられた年は、正確には分かっていません。壬辰倭乱で焼けた後、**1597年(宣祖30年)**に今の場所へ移して再建されたと伝わります。
朝鮮時代には国から土地や奴婢、書籍を与えられて学生を教えましたが、今は教育の機能はなくなり、祭祀の機能だけが続いています。祭祀に使う器や衣服、書物などの遺物も伝わっています。大成殿は1984年に全羅北道の文化財資料に指定されました。
郷校の建物は、学びの空間と祭祀の空間が前後、または上下に分かれています。古阜郷校は、明倫堂が下側、大成殿が上側にあり、地形に沿って上りながら順に見ていくことになります。今も多くの郷校が、春と秋に孔子と聖賢を偲ぶ祭祀である釈奠を続けています。