光州の光山区(クァンサング)、月谷洞(ウォルゴクトン)の路地に入ると、ハングルの看板の横にキリル文字が並んでいます。ここ高麗人村は、旧ソ連地域に散らばって暮らしていた韓民族の子孫、つまり高麗人(コリョイン)たちが集まってつくった村で、安山(アンサン)のテッコル村とともに、韓国で最も大きな高麗人コミュニティのひとつです。2022年時点で約7,000人が暮らしていて、中央アジア風のパンや麺、シャシリクを売るお店が通りに並んでいます。観光地である前に人々が実際に暮らしている町であることを念頭に置いて歩くと、より多くのものが見えてきます。
高麗人のルーツは、1860年代ごろからロシアの沿海州へ渡った韓人です。彼らは1937年、スターリン政権によって中央アジアのカザフスタンとウズベキスタンへ強制移住させられ、その後、何世代にもわたってそこで暮らしてきました。長い歳月、ロシア語を使って暮らしてきたため、いま韓国に戻ってきた高麗人のなかには、韓国語が苦手な人も多くいます。
村の始まりは、ウズベキスタン出身の高麗人3世のシン・ジョヤさんだったといわれています。2001年に韓国に来たシンさんは、2002年にこの一帯へ移って工場で働きながら、高麗人労働者を助けるセンターを開きました。約20人で始まったコミュニティは、友人や親戚が集まるにつれて大きくなり、2013年には数千人が暮らす村になりました。
光州市は、高麗人の住民を支援する制度を整え、2017年を「高麗人村訪問の年」と定めたこともあります。2022年のロシアのウクライナ侵攻後には、ウクライナに住んでいた高麗人数百人が、住民の募金と助けによってここへ来て、新しい暮らしを始めました。
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