朝鮮時代の光州の町の公立学校であり、孔子や聖賢に祭祀を捧げていた郷校(ヒャンギョ)です。社稷公園(サジクコンウォン)の北の麓、都心のど真ん中にありながら、赤い紅箭門(ホンサルムン)と石段、大成殿(テソンジョン)と明倫堂(ミョンニュンダン)が、昔の配置のまま残っています。境内の古いイチョウの木が黄色く色づく秋には、とりわけ趣があります。
光州郷校は、朝鮮初期の1398年(太祖7年)ごろ、無等山の西の将元峰(チャンウォンボン)の下に初めて建てられたと伝わっています。ところが虎がたびたび現れたため城内の東門側に移り、そこも土地が低くて水害が多かったため、1488年(成宗19年)に県監の権守平(クォン・スピョン)が、いまの場所に再び移しました。1597年の丁酉再乱で焼けましたが、1600年に官民が力を合わせて再建し、その後も何度か修理を重ねて今日に至ります。1985年に光州広域市の有形文化遺産に指定されました。
春と秋には、孔子を称える祭礼釈奠(ソクチョン)を行います。書堂体験や茶礼と韓服の体験、伝統婚礼などのプログラムも運営していて、博物館のように固まっているのではなく、いまも使われている空間であることが魅力です。
郷校は、朝鮮時代に国が町ごとに設けた公立の教育機関です。儒生が学ぶ明倫堂と寄宿舎の東斎・西斎、聖賢の位牌をお祀りする大成殿と東廡・西廡が基本の構成です。光州郷校には、これに文会斎(ムンフェジェ)と養士斎(ヤンサジェ)、儒林会館と忠孝教育館が加わっています。近年も、1974年に大成殿を修理して丹青を新しくし、1976年に東斎・西斎、1978年に明倫堂、1981年に塀を順に補修しました。大成殿は石段の上の高い壇に建てられているので、庭から見上げると、祭祀の空間らしい威厳が感じられます。