ソウルの西端、漢江(ハンガン)が大きく曲がる場所にそびえる徳陽山(トギャンサン)に、幸州山城があります。壬辰倭乱(文禄・慶長の役)さなかの1593年、権慄(クォン・ユル)将軍率いる朝鮮軍が、この小さな山の上で日本軍の大軍を退けた幸州大捷の舞台です。現在は、整備された散策路に沿って祠や記念碑を巡り、頂上から漢江と金浦(キンポ)の野原を見渡せる歴史公園になっています。
山城は三国時代に初めて築かれたとされます。川辺に突き出た山頂部を囲む小さな内城と、北側の谷を囲む外城からなる二重構造の土の山城で、周囲は約1kmです。1991年の初発掘以来、何度かの調査で、高麗・朝鮮時代にも何度か手を入れて使われた痕跡が確認されました。
1593年2月、権慄将軍は義兵や僧兵を含む2,300人余りでここに陣を構え、押し寄せた3万人余りの日本軍を大いに破りました。晋州大捷、閑山島大捷とともに、壬辰倭乱の三大大捷に数えられます。1963年に国の史跡に指定されました。
山のふもとにある幸州書院(ヘンジュソウォン)は、権慄の功績を称えるため1842年に王命で建てられた書院です。山城の下、漢江沿いの幸州渡し場は三国時代からある古い港で、朝鮮時代には宮廷に献上するエツ漁で有名でした。謙斎 鄭敾(チョン・ソン)が1741年にこの一帯を描いた絵も伝わっています。今も山城の下には、ウナギ料理の食堂が集まる飲食街があります。