金浦空港のすぐ隣で、漢江の下流を見下ろす、ソウルの西の端にある低い山です。一周3.35kmの周遊路を歩きながら、飛行機が離着陸する滑走路と漢江、川向こうの幸州山城(ヘンジュサンソン)、遠くは北漢山まで眺められます。朝鮮時代の烽燧台と朝鮮戦争の戦跡、古いお寺が一緒にあり、軽い散歩以上の物語が詰まった山です。
開花山(ケファサン)という名前には伝説があります。新羅のころ、周龍(チュリョン)という道人がこの山に住み、毎年9月9日になると高いところに登ってお酒を飲んでいましたが、彼が亡くなったあと、その場所に不思議な花が一輪咲いたといいます。そのため、最初は周龍山と呼ばれ、のちに開花山になったという話です。高麗のころにここに開花寺というお寺ができ、薬効のよい湧き水のおかげか、朝鮮末のころ名前が薬師寺(ヤクササ)に変わったと伝えられます。18世紀の画家・謙斎 鄭敾(チョンソン)は、漢江の上から眺めた開花寺の風景を絵に残しました。山の南西には弥陀寺(ミタサ)もあります。
山の頂上には、朝鮮時代の烽燧台がありました。全羅道の順天(スンチョン)から始まる第5路直烽の火の合図を受け、南山の木覓山(モンニョクサン)烽燧台に伝えていた場所です。今は頂上近くに、烽燧台の模型と休憩所の烽火亭があります。
朝鮮戦争が起きた直後の1950年6月26日から30日まで、国軍第1師団所属の将兵約1,100人が金浦方面へ退いて、この山に最後の防衛線を張って戦いました。連絡と補給が途絶えたまま、はるかに大きな北朝鮮軍と対峙し、多くの将兵がこの一帯で命を落としました。1994年にこれらの人々をしのぶ護国忠魂慰霊碑が建てられ、周辺は開花山護国公園として整備されました。毎年6月28日に追悼式が行われます。