ソウル江南のビル街から車で数分のところに、松林の間の芝生の丘に、石でできた文人と武人、馬と羊が並んで立っています。ソウル 献陵と仁陵、略して献仁陵には、朝鮮第3代の王・太宗と第23代の王・純祖が、それぞれ王妃とともに眠っています。2009年にユネスコ世界遺産「朝鮮王陵」に含まれ、1970年に史跡に指定されました。
献陵は、太宗(在位1400〜1418)と元敬王后閔氏の陵です。1420年に元敬王后が先に亡くなったためこの場所に陵をつくりましたが、太宗はそのとき、自分の場所もあらかじめ用意しておきました。2年後の1422年に太宗が亡くなると、王妃の陵の西側に葬られ、今の双陵となりました。正面から見て、左が太宗、右が元敬王后です。
どちらの墳丘も、屏風石と欄干石をめぐらし、屏風石には十二支神像を刻んでいます。文石人、武石人、石馬、石羊、石虎が他の王陵の2倍置かれているのは、高麗の恭愍王と魯国公主の玄陵・正陵の制度にならったものです。下の碑閣には、太宗の死後に建てた神道碑と、1695年に建て直した神道碑がともにあります。前の神道碑は1422年に建てたもので、2013年に宝物になりました。
仁陵は、純祖(在位1800〜1834)と純元王后金氏の陵で、一つの墳丘に二人をともに祀った合葬陵です。純祖は最初、坡州(パジュ)に葬られましたが、風水上よくないという理由で、1856年にここへ移されました。この場所はもともと世宗の旧英陵があった場所だったので、工事のときに土の中に埋まっていた世宗の旧英陵の石物と、中宗の王妃・章敬王后の旧禧陵の石物を取り出して整え、再び使いました。この過程は『仁陵遷奉山陵都監儀軌』に記録されています。世宗も崩御後、しばらく父・太宗のそばに葬られ、1469年に驪州(ヨジュ)へ移されました。
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