楊平(ヤンピョン)の東部、マッコリと田舎の市場で知られる砥平面(チピョンミョン)の町の裏手の斜面に、砥平郷校(チピョンヒャンギョ)があります。朝鮮時代の旧砥平郡の公立学校であり、孔子と聖賢に祭祀を捧げた場所で、紅箭門と三門をくぐって階段を上ると、明倫堂と大成殿が段々に続いています。京義・中央線の砥平駅から歩いて10分ほどなので、電車でも訪れやすい場所です。
郷校は、朝鮮時代に地方に設けられた国立の教育機関です。国から土地や奴婢、書物を与えられて学生を教え、砥平郷校には教官1人と定員30人の学生がいました。甲午改革の後に新しい学制ができて教育機能は失われ、現在は春と秋の釈奠と、朔日・望日の焼香で祭祀の機能を続けています。
建てられた年は資料によって異なります。国家遺産の記録には1773年(英祖49年)に最初に建てられたとありますが、明倫堂を修理した際に見つかった上梁文を根拠に、朝鮮前期に建てられ、1684年(粛宗10年)ごろに現在の場所へ移されたとみる見解もあります。そのほかの詳しい記録は残っていません。
楊平に郷校が2か所あるのにも理由があります。現在の楊平郡は1908年に楊根郡と砥平郡が合併してできた名前なので、旧楊根郡の楊根郷校と旧砥平郡の砥平郷校がともに残りました。砥平郷校は1983年9月19日に京畿道の文化遺産資料に指定されました。