驪州(ヨジュ)市街の南漢江(ナマンガン)のほとり、楼閣の迎月楼(ヨンウォルル)のすぐ下の川岸に、大きな花崗岩の岩が顔を出しています。馬巌(馬巖)、つまり「馬の岩」です。この岩から黄色い馬と黒い馬が躍り出たという伝説から、驪州の古い名前黄驪(ファンニョ)が生まれたと伝わり、驪興閔氏の始祖が生まれた場所だという話も宿っています。川の向こうには神勒寺(シンルクサ)が見えます。
伝説では、この岩から黄馬と驪馬、つまり黄色い馬と黒い馬が出てきて、それで町の名前を黄驪と呼んだといいます。今の「驪州」にも、黒い馬を意味する「驪」の字が残っています。また、驪州を代表する姓氏である驪興閔氏の始祖が、この岩の穴から生まれたという話も伝わっており、一族にとって馬巌は意義深い場所とされています。
馬巌は昔から名高い景勝地でした。驪州の美しい景色八か所を選んだ驪州八景のうちの第2景で、『海東地図』や1872年の地方図などの古地図にも欠かさず描かれています。高麗と朝鮮の文人、李奎報(イ・ギュボ)、李穡(イ・セク)、徐居正(ソ・ゴジョン)、丁若鏞(チョン・ヤギョン)らがここを訪れ、詩を詠み、風流を楽しんだと伝わります。馬巌は2012年8月27日に驪州市の郷土遺跡に指定されました。