京畿・利川(イチョン)、白沙面(ペクサミョン)内村里(ネチョンニ)の野原の端にある金左根(キム・ジャグン)の古宅は、朝鮮後期の安東金氏の勢道政治の中心人物金左根の一族が建てた家です。かつては99間に及んだと伝わりますが、今は母屋と別堂の2棟だけが残り、失われた建物の礎石が庭に並んで置かれています。華やかだった勢道家の家がどのように散り散りになり、何が残ったのかを、庭に立ったまま読み取れる場所です。
金左根(1797〜1869)は、純祖の王妃・純元王后(スヌォンワンフ)の弟であり、永安府院君・金祖淳(キム・ジョスン)の息子です。領議政を3度も務め、安東金氏の勢道期の後半を率いた人物です。
しかし、金左根自身はこの家に住みませんでした。家を建てたのは息子の金炳基(キム・ビョンギ、1818〜1875)で、父の墓を管理する家であり別荘として建てました。上梁の墨書は残っていませんが、「同治4年」という記録があるため、1865年(高宗2年)に建てたものと見られます。家の裏を囲む山裾に金左根と金炳基の墓所がありましたが、墓所は2006年になくなりました。家の前の池まで家の一部だったといいますから、もとの規模はかなりのものでした。
数十年前までは、この家には屋根の高い正門(ソスルデムン)と舎廊棟があり、行廊棟が二重に母屋を囲む、士大夫の家の姿が完全に残っていました。子孫たちは大きな家を管理するのが負担で建物を手放し、舎廊棟と行廊棟を解体して移していた途中で、これを買い取った会社が不渡りを出したため、移築が止まったといわれます。2009年に家と周辺の土地(約10万1,500㎡)がソウル大学校に渡りました。資料によって、子孫の寄贈とも、ソウル大の引き取りとも説明が分かれます。家は2003年に京畿道の民俗文化遺産に指定されました。