八公山の西の麓にある把渓寺(パゲサ)は、森と渓谷に囲まれた静かなお寺で、朝鮮王室、とりわけ英祖(ヨンジョ)と深い縁を結んだ願刹(王室の祈願寺)です。9本の水の流れを集めるという名のとおり、寺の前には深い池があり、円通殿(ウォントンジョン)を中心に4棟の建物が中庭を囲む構成が端正です。
寺では、804年(新羅・哀荘王5年)に心地(シムジ)が創建したと伝えられています。壬辰倭乱(文禄・慶長の役)で焼けた円通殿は、1605年に戒冠(ケグァン)が再建し、1695年には玄應(ヒョヌン)が大規模に中興しました。1979年、円通殿の観音菩薩像に金箔を塗り直した際に見つかった願文には、1447年に仏像を修理したという記録があり、朝鮮初期からお寺があったことが分かります。
寺に伝わる話によれば、粛宗(スクチョン)が夢で宮殿に入ってくる僧侶を見て、その僧を探させたところ、把渓寺の永源(ヨンウォン)和尚だったそうです。粛宗は和尚に王子の誕生を願う祈祷を頼み、翌年に生まれた王子が、のちの英祖だといいます。この話の真偽はさておき、英祖と把渓寺の縁は確かなものです。英祖は「慈應殿(チャウンジョン)」の扁額を自ら書いて下賜し、何度も文書を出して、役所や両班(ヤンバン)が僧侶を雑役に動員できないようにしました。1979年には、観音菩薩像の中から英祖が着ていた道袍が見つかってもいます。