お寺の裏手の山の斜面を、ヤブツバキの森が帯のように包んでいます。禅雲寺(ソヌンサ)は、全北・高敞(コチャン)の兜率山(トソルサン)北麓にある大韓仏教曹渓宗(チョゲジョン)第24教区の本寺で、早春に咲く赤いツバキ、断崖の上の兜率庵、巨大な磨崖仏へと続く渓谷の道がそろったお寺です。
禅雲寺の創建には二つの話が伝わっています。ひとつは577年に百済の黔丹禅師(コムダンソンサ)が建てたという話、もうひとつは新羅の真興王(チヌンワン)が王位を譲ってここに来て建てたという話です。朝鮮後期の記録には、真興王が建て、黔丹禅師が再建したと記されています。黔丹禅師が龍の住んでいた池を埋めようとしたとき、村で眼病がはやりましたが、炭を一俵その池に投げ入れれば治ると言われ、人々が炭を運んで池が埋まったという伝説もあります。
高麗時代から朝鮮初期にかけて何度も改築され、丁酉再乱(チョンユジェラン、慶長の役)で焼失したあと、1614年から5年かけて再建されました。一時は89の庵を従える大きな寺だったといわれています。
禅雲寺と付属の庵には、宝物と天然記念物がたくさんあります。禅雲寺と兜率庵の金銅地蔵菩薩坐像二点、大雄殿と万歳楼、懺堂庵(チャムダンアム)の大雄殿、兜率庵の磨崖仏などが宝物で、ヤブツバキの森と長沙松、岩を伝って登るソンアク(キヅタの仲間)が天然記念物です。
朝鮮後期の記録には、真興王が中愛公主と兜率王妃のために中愛庵と兜率庵を建てたという話も伝わっていますが、信じがたいという評価が多くあります。仏教を抑える政策がとられた朝鮮時代にも、成宗(ソンジョン)の御室(オシル)を置くほど栄えたといいます。
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