雙磎寺(サンゲサ)は、智異山(チリサン)の南麓、慶尚南道・河東郡(ハドングン)の花開面(ファゲミョン)で、2本の渓流が出会う場所に建つお寺です。新羅時代の722年に創建され、統一新羅随一の文章家崔致遠(チェ・チウォン)が文を作り、自ら書いた碑が今も境内に立っています。お寺そのものも見どころですが、寺の裏手に続く森の道を歩いて仏日滝(プリルポポク)まで行くと、ここがなぜ昔の文人たちに愛された名勝だったのかがよく分かります。
お寺は722年(新羅・聖徳王21年)、義湘大師(ウィサンデサ)の弟子である大悲(テビ)と三法(サムポプ)が建てたもので、最初の名前は玉泉寺(オクチョンサ)でした。伝えられるところでは、二人の僧は夢で啓示を受け、虎に導かれて、雪の中に葛の花が咲くこの谷を見つけたといいます。9世紀には、唐から帰国した真鑑禅師(チンガムソンサ、774〜850)が寺を大きく興しました。真鑑禅師は、仏教音楽の梵唄(ポンペ)を伝え、広めた人物として知られています。その後、王が寺の周りで2本の渓谷が出会う地形を見て、名前を雙磎寺に改めたといわれます。壬辰倭乱(文禄の役)で寺は焼け、現在の中心となる建物は1632年に碧巌大師(ピョガムデサ)が再建したものです。
雙磎寺から仏日滝に至る山道一帯は、「智異山 雙磎寺と仏日滝一円」という名前の名勝に指定されています。智異山十景のひとつである仏日滝は、高さが約60mにもなり、道中には国師庵(ククサアム)、仏日庵(プリラム)といった小さな庵と、崔致遠が鶴を呼んだという伝説が宿る岩喚鶴台(ファナクテ)があります。仏日庵からは、智異山の稜線がすがすがしく見渡せます。
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