智異山(チリサン)のふもと、求礼(クレ)の土旨面(トジミョン)五美村(オミマウル)にある朝鮮後期の両班(ヤンバン)の家屋です。雲鳥楼古宅は、「雲の中に鳥のように隠れ住む家」という意味の大きな舎廊棟の名前から、家全体の名前がつきました。舎廊棟、母屋、行廊棟、祠堂が当初の配置のまま残っていて、朝鮮の上流階級の家の姿を一目で見られます。
雲鳥楼は、1776年(英祖52年)に三水府使を務めた柳爾冑(リュ・イジュ)が建てた家です。大邱の人だった彼は、この土地が金の指輪が落ちた場所という意味の金環落地の名地だという話に惹かれ、引退したらここに住もうと心に決めて、7年かけて家を建てたと伝わっています。山と池に囲まれた地勢は、風水の面でも指折りの場所でした。
はじめは73間の家でしたが、火災や歳月で一部が失われました。残っている規模は、資料によって63間または55間とされています。雲鳥楼は1968年11月25日に国家民俗文化遺産に指定され、2017年に名称に「古宅」がつけられて、現在の「求礼 雲鳥楼古宅」となりました。家には、家財道具のほか、清州城の地図、上党山城の地図などの遺物も伝わっています。
行廊棟は「一」の字型で、そのうち2間が前に張り出して楼閣のように造られています。1間は部屋、もう1間は屋根裏部屋です。楼閣の下の柱の西側に母屋へ入る道があり、ここにも階段の代わりに傾斜した道をつけています。祠堂は母屋の北東に別の塀を巡らせ、切妻屋根をのせています。雲鳥楼は、朝鮮時代の両班の家の典型的な建築様式を示す、湖南地方では珍しい例とされています。
案内人(ギルトンム)と一緒に家の隅々を巡るプログラム、韓服を着て写真を撮る体験、国弓(韓国の伝統弓)体験などがあります。雲鳥楼遺物展示館も別にあります。