ソウル市蘆原(ノウォン)区孔陵洞(コンヌンドン)、国家代表選手村のすぐ隣に、朝鮮王陵が2つ並んでいます。泰陵(テルン)は中宗の3番目の王妃文定王后(ムンジョンワンフ)の陵で、康陵(カンヌン)はその息子明宗(ミョンジョン)と仁順王后(インスンワンフ)の陵です。2つをあわせて泰康陵(テガンヌン)と呼び、ユネスコ世界遺産「朝鮮王陵」に含まれています。
文定王后(1501〜1565)は、幼い明宗に代わって垂簾聴政(すいれんちょうせい)を行い、大きな権力を握った人物です。王后は夫の中宗のそばに葬られることを望み、奉恩寺(ポンウンサ)の住職・普雨(ボウ)と相談して、中宗の靖陵(チョンヌン)を今の江南の奉恩寺近くへ移しました。ところがその場所は地盤が低く、梅雨のたびに水が入ってしまいました。結局1565年に王后が亡くなると、明宗は現在の場所に母の陵をつくり、泰陵と名づけました。
明宗は母の三年喪を終えた直後の1567年に亡くなり、泰陵の東の丘に葬られました。1575年には仁順王后がその隣に葬られ、現在の康陵となりました。康陵は原形を保存するため長らく非公開でしたが、2014年1月1日から見学できるようになりました。
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