ハムやソーセージ、キムチを一つの鍋で煮込むプデチゲ(部隊チゲ)が、どのようにして一つの都市の名物になったのかを、一度の食事で確かめられる路地です。旧楊州郡庁跡の隣、護国路1309番キル一帯に専門店が集まっていて、議政府軽電鉄の議政府中央駅2番出口のすぐ前なので、見つけやすいのも魅力です。ソウルの北へ半日のおでかけを考えているなら、ランチか夕食をここに合わせてみましょう。
「プデチゲ」という名は、「部隊(軍の部隊)」と「チゲ(鍋料理)」を合わせた言葉です。朝鮮戦争後の食べ物が乏しかった時代に、議政府に駐留していた在韓米軍部隊の周辺から出たハムやソーセージ、ベーコンを、キムチやコチュジャンと一緒に煮て食べたのが始まりです。この通りの元祖とされるオデン食堂は、許基淑(ホ・ギスク)さんが1960年から屋台でこの鍋を売り、1968年に現在の屋号で登録したお店です。おでんを売っていた頃にお客が呼んでいた名前が、そのまま看板になりました。この店が知られるようになると周辺に専門店が少しずつ増え、いまの通りになりました。ただ、プデチゲの正確な発祥の地や最初につくった人を一つに絞るのは難しく、資料によって説明が少しずつ異なります。
かつての商人たちは、米軍部隊の料理というイメージを薄めようと、「名物 議政府チゲ」という呼び名のほうをよく使っていました。通りの入口のアーチにも、しばらくは**「名物 議政府チゲ通り」と書かれていました。2008年、議政府市は約470mの区間を整備し、131枚あった看板を62枚に減らして、夜間照明つきの新しい入口モニュメントを建て、名称を現在の「議政府 プデチゲ通り」に改めました。その後、2009年に京畿道のプデチゲ特化通り、2021年に京畿道の観光テーマ路地に選ばれました。2026年現在、市が公開している飲食文化特化通りの現況には、プデチゲ専門店が12軒**載っています。
プデチゲをテーマにした食の祭りは2006年に初めて開かれ、その後、毎年秋(主に10月)にこの通りを中心に続いています。料理コンテスト、試食、公演などのプログラムが一緒に開かれます。2016年の祭りには、当時の駐韓米国大使だったマーク・リッパートが訪れ、プデチゲを味わいました。米軍部隊の食材から生まれた料理を米国大使が味わった場面は、この通りの歴史を一目で伝えるエピソードとして語り継がれています。